第164話:切れすぎる
ドゥエを落とし、ガーレンの援軍を完膚なきまでに打ち破ってから、四日が経っていた。
門が開いてからは降伏が相次いたこともあって、ドゥエ兵の死者は三十名ほどだった。
おおよそ六百五十人の領民には被害は出ていない。
天幕には、父上とファティマ様、ゴンサロ将軍とヴォルフ殿が入っておられる。
ガーレン援軍の捕虜のことと、これからのことを決めておられるのだと聞いた。
私は外にいる。呼ばれなかった。
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風の向きによって、中の声が切れ切れに届く。
五百名の六割を討ち取り。
二十ほど逃走。
戦力は削れた。
ガーレン攻めについて。
どれも、聞くともなく聞こえてきた言葉である。
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火のそばに、板を渡した台が出ていた。
肉と、麦の粥と、薄い葡萄酒。ドゥエの厨から出たものだ。
「真面目。飲めよ」
「飲んでいる」
「舐めてるだけだろ」
ディエゴは自分の杯を空けて、私のほうへ手を出した。仕方なく注いだ。
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セヴィは杯に口をつけていなかった。代わりに肉ばかり食べている。
「セヴィは飲まないのか」
「飲むと数が合わなくなるから」
「なんだそれは」
「いいよ、分からなくて」
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「ご相伴に与ってもよろしいですか」
ベルナール司祭様だった。この方が、こういう席に来られるのは珍しい。
「もちろん。ただ育ちが悪いもんで、口の聞き方は大目に見てくださいな」
ディエゴが板の端を空けた。ベルナール司祭様は礼を言って腰を下ろされ、葡萄酒を少しだけ受けられた。
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私は、四日前から気になっていたことを口にした。
「ドゥエ領主様は、ご一族もろとも館で自害されたそうだな」
「みたいだね」
「元気に起き上がって、王都に向かってるらしいぜ」
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私は、その列を一度見ている。縄は打っていない。荷も持たせていない。前とうしろに兵が付いて、ただ歩いていた。
あの方々は、自ら死をお選びになったはずである。
「……見事な最期だったと思う」
ディエゴが杯を置いた。
「どこがだ」
「え」
「死ぬなら自分たちだけで死ね」
声は大きくなかった。
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「そうすりゃ、ドゥエの兵士。三十人は死なずに済んだ」
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私は何か言おうとして、やめた。
ロロアで父上が同じことをなさったら、私は何と言うだろうか。畑の者にも、厨の者にも、門に立つ者にも、同じ死に方をさせることになる。
「すまない。軽率だった」
「お前に怒ったんじゃねぇよ。この真面目め」
ディエゴは肉を噛みながら手を振った。
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「だいたいな、どうせ死ぬなら、館に火くらい放てよ」
「おい、いくらなんでもそれは」
「蔵ごと、盛大に燃やしてから死ね。そうすりゃこっちは何も取れねぇ。中途半端なんだよ、ああいう手合いは」
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「それは困ります」
ベルナール司祭様が仰った。
「館が燃えてしまいますと、次を治める者が困ります。蔵も、帳面も、井戸を誰が使うかを書いたものも、みな館にございますので」
「そうだよ」
セヴィが、肉を置いて言った。
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「燃やすと、失うものが、多すぎる」
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なぜだろうか。文字通りの意味なのだが、とても意味深に響いた。
蔵の話だと思って聞いていた。ベルナール司祭様が仰ったばかりのことである。
ベルナール司祭様は、杯を置いて、セヴィのほうを向かれた。
「セヴィさん、あなたは」
「ちっちゃい眼鏡は貴族様なのに、そういうとこ庶民的だな!」
ディエゴが笑った。
「でも言うとおりだ。屋敷も宝も全部灰になっちまったら、もったいねぇ」
「そうそう」
セヴィは笑った。
「もったいないんだよ」
ベルナール司祭様は目を閉じておられた。
あの方が目を閉じられるのは、考えておられるときである。ロロアの教会でも、私が下手な答えを返すたびに、そうしておられた。
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片づけになった。
「司祭様。少しお話ししてもよろしいでしょうか」
「ええ。では、向こうでお茶を用意しておきますね」
ベルナール司祭様は先に立たれた。
私も立ち上がろうとして、袖を引かれた。
セヴィだった。
「ライアン」
「なんだ」
「あの人には気をつけな」
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「馬鹿なことを言うな!」
思ったよりも大きな声が出た。
「私の恩師だぞ」
「うん」
セヴィは頷いた。
「伝えたからね」
それだけ言って、行ってしまった。
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天幕の裏に、小さな火があった。ベルナール司祭様が湯を沸かしておられた。
私は腰を下ろした。
「司祭様。セヴィのことです」
「はい」
「何か、気になることがおありなのでしょうか」
ベルナール司祭様は、湯を注ぎながら微笑まれた。
「いいえ。たいそう知識豊かなご令嬢で、いつも感心しておりまして」
「そうですか」
「ロロアの教会にも、セヴィさんのような方が一人おられればと、そう思うほどですよ」
「とても教会で大人しくしているとは思えないですけれども」
私は少し無理をして笑った。ベルナール司祭様も微笑まれた。
「とにかく発想力が素晴らしい。セヴィさんが話し始めると、意識せずとも目と耳がそちらを向いてしまいます」
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それから少し他愛ない話を重ねた。
茶をいただいて、礼を言って、立った。
少し歩いたところで、背中の向こうから小さく声がした。
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「少々、切れすぎるようですが」
*
私は、振り返らなかった。




