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白王と黒王  作者: ブルースライム
第3章:レーヌ小国群

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第164話:切れすぎる

 ドゥエを落とし、ガーレンの援軍を完膚なきまでに打ち破ってから、四日が経っていた。


 門が開いてからは降伏が相次いたこともあって、ドゥエ兵の死者は三十名ほどだった。


 おおよそ六百五十人の領民には被害は出ていない。


 天幕には、父上とファティマ様、ゴンサロ将軍とヴォルフ殿が入っておられる。


 ガーレン援軍の捕虜のことと、これからのことを決めておられるのだと聞いた。


 私は外にいる。呼ばれなかった。


     *


 風の向きによって、中の声が切れ切れに届く。


 五百名の六割を討ち取り。


 二十ほど逃走。


 戦力は削れた。


 ガーレン攻めについて。


 どれも、聞くともなく聞こえてきた言葉である。


     *


 火のそばに、板を渡した台が出ていた。


 肉と、麦の粥と、薄い葡萄酒。ドゥエの厨から出たものだ。


「真面目。飲めよ」


「飲んでいる」


「舐めてるだけだろ」


 ディエゴは自分の杯を空けて、私のほうへ手を出した。仕方なく注いだ。


     *


 セヴィは杯に口をつけていなかった。代わりに肉ばかり食べている。


「セヴィは飲まないのか」


「飲むと数が合わなくなるから」


「なんだそれは」


「いいよ、分からなくて」


     *


「ご相伴に与ってもよろしいですか」


 ベルナール司祭様だった。この方が、こういう席に来られるのは珍しい。


「もちろん。ただ育ちが悪いもんで、口の聞き方は大目に見てくださいな」


 ディエゴが板の端を空けた。ベルナール司祭様は礼を言って腰を下ろされ、葡萄酒を少しだけ受けられた。


     *


 私は、四日前から気になっていたことを口にした。


「ドゥエ領主様は、ご一族もろとも館で自害されたそうだな」


「みたいだね」


「元気に起き上がって、王都に向かってるらしいぜ」


     *


 私は、その列を一度見ている。縄は打っていない。荷も持たせていない。前とうしろに兵が付いて、ただ歩いていた。


 あの方々は、自ら死をお選びになったはずである。


「……見事な最期だったと思う」


 ディエゴが杯を置いた。


「どこがだ」


「え」


「死ぬなら自分たちだけで死ね」


 声は大きくなかった。


     *


「そうすりゃ、ドゥエの兵士。三十人は死なずに済んだ」


     *


 私は何か言おうとして、やめた。


 ロロアで父上が同じことをなさったら、私は何と言うだろうか。畑の者にも、厨の者にも、門に立つ者にも、同じ死に方をさせることになる。


「すまない。軽率だった」


「お前に怒ったんじゃねぇよ。この真面目め」


 ディエゴは肉を噛みながら手を振った。


     *


「だいたいな、どうせ死ぬなら、館に火くらい放てよ」


「おい、いくらなんでもそれは」


「蔵ごと、盛大に燃やしてから死ね。そうすりゃこっちは何も取れねぇ。中途半端なんだよ、ああいう手合いは」


     *


「それは困ります」


 ベルナール司祭様が仰った。


「館が燃えてしまいますと、次を治める者が困ります。蔵も、帳面も、井戸を誰が使うかを書いたものも、みな館にございますので」


「そうだよ」


 セヴィが、肉を置いて言った。


     *


「燃やすと、失うものが、多すぎる」


     *


 なぜだろうか。文字通りの意味なのだが、とても意味深に響いた。


 蔵の話だと思って聞いていた。ベルナール司祭様が仰ったばかりのことである。


 ベルナール司祭様は、杯を置いて、セヴィのほうを向かれた。


「セヴィさん、あなたは」


「ちっちゃい眼鏡は貴族様なのに、そういうとこ庶民的だな!」


 ディエゴが笑った。


「でも言うとおりだ。屋敷も宝も全部灰になっちまったら、もったいねぇ」


「そうそう」


 セヴィは笑った。


「もったいないんだよ」


 ベルナール司祭様は目を閉じておられた。


 あの方が目を閉じられるのは、考えておられるときである。ロロアの教会でも、私が下手な答えを返すたびに、そうしておられた。


     *


 片づけになった。


「司祭様。少しお話ししてもよろしいでしょうか」


「ええ。では、向こうでお茶を用意しておきますね」


 ベルナール司祭様は先に立たれた。


 私も立ち上がろうとして、袖を引かれた。


 セヴィだった。


「ライアン」


「なんだ」


「あの人には気をつけな」


     *


「馬鹿なことを言うな!」


 思ったよりも大きな声が出た。


「私の恩師だぞ」


「うん」


 セヴィは頷いた。


「伝えたからね」


 それだけ言って、行ってしまった。


     *


 天幕の裏に、小さな火があった。ベルナール司祭様が湯を沸かしておられた。


 私は腰を下ろした。


「司祭様。セヴィのことです」


「はい」


「何か、気になることがおありなのでしょうか」


 ベルナール司祭様は、湯を注ぎながら微笑まれた。


「いいえ。たいそう知識豊かなご令嬢で、いつも感心しておりまして」


「そうですか」


「ロロアの教会にも、セヴィさんのような方が一人おられればと、そう思うほどですよ」


「とても教会で大人しくしているとは思えないですけれども」


 私は少し無理をして笑った。ベルナール司祭様も微笑まれた。


「とにかく発想力が素晴らしい。セヴィさんが話し始めると、意識せずとも目と耳がそちらを向いてしまいます」


     *


 それから少し他愛ない話を重ねた。


 茶をいただいて、礼を言って、立った。


 少し歩いたところで、背中の向こうから小さく声がした。


     *


「少々、切れすぎるようですが」


     *


 私は、振り返らなかった。

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