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白王と黒王  作者: ブルースライム
第3章:レーヌ小国群

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第160話:一度も

 館が静かになったのは、昼過ぎだった。


 誰も死んでない。血も出てない。俺は正直、拍子抜けした。


 こういうのは、たいてい誰か一人は死ぬもんなんだけどな。


     *


 鐘が鳴った。人を集める鐘だと、あとで聞いた。


 畑から来たやつ、厨から来たやつ、槍を持ったまま来たやつ。


 八百と聞いていたが、並ぶと聞いたときより多く見える。数ってのはそういうものだ。


     *


 ちっちゃい眼鏡が、階段の三段目に立った。


 背が足りないから、そこまで上がったんだと思う。


「館は押さえた」


 挨拶もなかった。


「父も姉も無事。ガーレンの四人も押さえた。誰も死んでない」


 ざわついた。


     *


「うちの倅はどうなる」


 前のほうで、爺さんが言った。


「ガーレンに徴られてるんだ」


「ロレンソだね。去年の秋に出た。いま南の街道の普請場にいるはずだよ」


「……なんで知ってる」


「書いてあるから」


「帰ってくるのか」


「ガーレンが退けば帰ってくる。退かなければ帰ってこない」


「税はどうなる」


「セフォーのぶんに戻る。去年の秋に上がった分は、上がる前に戻る」


「本当か」


「本当かどうかは、来月の取り立てで分かるでしょ」


 俺は、その言い方に少し感心した。


     *


「騙されるな!」


 後ろのほうで声が上がった。館の者だ。あのクソ親父のそばにいた男らしい。


「その娘は、館を売ったのだぞ! 実の父を縄で縛ったのだぞ!」


     *


 場が揺れた。


 こういうのは知ってる。一人が言えば十人が思い出す。


 十人が思い出せば、三百が動く。


 俺は、鎧の下で手の位置を変えた。


「縛った。それは本当」


 ちっちゃい眼鏡は否定しなかった。


「館を売ったというのも、まあ、そう見えても仕方ないかな」


「認めるのか!」


「認めるよ。そのうえで聞くけど、ここにガーレンの兵が入ってきたら、ソルはどうなると思う?」


 誰も答えなかった。


「蔵は空になる。畑は踏まれる。そのあと戦になって、勝っても負けても、ここは残らない」


 迷いのない言葉が響く。


「僕はそれが嫌だった」


     *


「恨むなら、どうぞご自由に」


     *


 そこで、一人が前に出た。


 鎧を着てる。五十くらいだ。


「ガリンド様だ」


 隣のやつが小さく言った。見たところ、ソル軍の隊長っぽいな。


「一つ、伺いたい」


「どうぞ」


「わしの命令は、誰から来る」


 いい問いだ。


 俺みたいなのが二百いても、命令が来なけりゃ石と同じだ。


 そして命令をくれる男は、いま縄で縛られている。


 ちっちゃい眼鏡は少し黙った。考えてる顔じゃない。言い方を選んでる顔だ。


「今日からは、あんたが出せばいいよ」


「わしが」


「僕は命令できる立場にない。誰かが出さないと、二百が石になる」


「セフォーの言うことを聞け、ということか」


「違う。あんたが決めて、あんたが出す。セフォーはソルの兵を戦に使わない」


 ガリンドという男は納得したように頷いてから、後ろを振り返った。


「聞いたな」


 二百の兵士が返事をした。


     *


 王女殿下といい、ちっちゃい眼鏡といい、セフォーの連中はどうしてこう、欲がないのかね。


 兵士がちっとも増えないじゃねぇか。


     *


 そこからは、俺の仕事だ。


 門を開けてセフォーの兵士を引き入れ、ソル兵の鎧を貸し与える。


 合わない。当たり前だ。人の鎧が合うわけがない。


 肩の上がらんやつと、胴の余るやつと、兜がクルクル回るやつが出た。回るやつは笑った。


 旗はそのままにした。門も開けたままだ。


 マルセロという倉役人には、いつもどおりの文を書かせた。手が震えていたが、字はもともと下手らしいから分からねぇ。


 外には、ヴォルフとゴンサロ将軍の本隊が伏せる。


 ガーレンのクソ共が来るまで少し時間があるみたいだが、早く姿を見せてほしかった。


 合わない鎧は体が痛むんだよ。


     *


 夜になって、ちっちゃい眼鏡が倉の前に座って、何か書いていた。


 俺は横に座った。


「よくやったな」


「うん」


 そういえばこのちっちゃい眼鏡は、一度も「頼む」と言わなかったな。


 八百人の前に立って、一度もだ。


「才能あると思うぜ。政治家か詐欺師になれよ」


「ありがと」


     *


「腹が減ったな」


「僕も」


 真面目くんを探して、三人でメシにするか。

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