第157話:たくさんいますね
「ライアン、お前は端だ」
卓に、冊子が広げてあった。
私は末席にいる。父上に『ロロアの者として同席せよ』と許可していただいた。
エリアス陛下は、はじめから卓の端におられた。何も仰らない。誰も何も伺わない。
冊子の持ち主は、卓の反対側にいた。
私より若い娘である。年はエリアス陛下と近いかもしれないな。
「セヴィリーナ・ソル殿」
「セヴィでいいよ」
口調を誰も咎めようとはしなかった。
*
「門を破れば、その日のうちにガーレンへ報せが飛びます」
ファティマ様が仰った。
「破らずに入る手が要ります」
「荷でいいよ」
娘が言った。
「ガーレンの荷が、先月から止まらずに来てる。ソルで下ろして、また来る。次は三日後」
「印は」
「木札。三角に切って、隅に穴。署名はマルセロっていう倉役人。字が下手だけど、真似しなくていいよ」
「と、申されますと」
「三日後の荷を、ソルに着く前に押さえればいい。木札ごと本物が手に入る」
「運んでいる者は」
「ガーレンの雇いだよ。八人くらい。ソルの誰とも顔見知りじゃない。毎回違う顔が来るから、そこは調べてある」
ゴンサロ将軍が、そこで初めて娘のほうを向かれた。
「荷なら、門は開くのか」
「開くよ。止める理由がない。何台入れる気?」
「三台が限界でしょうね」
ファティマ様が答えられた。
「人は二十。それ以上は、荷に対して多すぎます」
「五台になった月があって、そのときは倉役人が二人出てきた。数えられると面倒だから妥当かも。それに、いまの道は一台ずつしか通れない」
*
「二十では、館も厩も鐘も門も、同時には押さえるのは困難ですぞ」
ゴンサロ将軍が仰った。
「どれか一つを取れば、残る三つから声が上がります」
「押さえるのは二つでいいよ」
*
「館の父と姉。それに滞在してるガーレンの連中」
*
ゴンサロ将軍は怪訝な顔をしてセヴィに問う。
「それだけか」
「それだけ。ソルの兵はガーレンの兵じゃない。命令が出なければ動かないし、命令は父から出る」
「ガーレンの者は何人だ」
「四人。使者が一人と、供が二人。書役が一人。馬を持ってるのは、使者と供の一人だけ」
「二十で、二つ。できますね」
ファティマ様が、人を割られた。
「館へ五、ガーレンへ七。残る八は門です」
ゴンサロ将軍がファティマ様に確認をする。
「八人で門を押さえるのですか」
「いえ。門の近くに伏せます。押さえるのは、セヴィ殿が話し始めてからです」
*
「僕が話してダメだった時の保険だね」
*
セヴィは、そこで初めて顔を上げた。
「父を押さえたら、館の前に人を集める。それで話す」
「二百の兵が、それで従いますか?」
「殿下、違うよ。兵だけじゃない。領民ぜんぶ。八百」
二百を黙らせる話ではなかった。八百に話す、とセヴィは言った。
「僕は命令できる立場にない。でも、みんなの名前を知ってる」
思わず声が漏れた。
「八百の名を諳んじているのかい?」
「流石に覚えてない。でも書いてある」
セヴィは冊子を叩いた。
「家族が何人いるかも、誰と仲が悪いかも、誰が博打で借りてるかも」
*
ロロアで、畑に出ている者の名を、私は幾人言えるだろうか。
「説得できるのか」
父上だった。
「七割は通ると思う。父は嫌われてるし、ガーレンに付いてから税が上がった。僕が言えば少なくともみんな耳は傾ける」
「その話が、通らなかったらどうする」
ゴンサロ将軍が聞かれた。
セヴィは、少し黙った。
「門の保険を使うことになる。そうなると無血は難しいだろうね」
「通らなかったときのことを、決めておきます」
ファティマ様は、地図を引き寄せられた。
「話が始まれば、門の兵も気を取られます。すべてが持ち場を離れるとは考えにくいですが、館のほうへ寄る者は出るでしょう。伏せた八人が押さえるのは、そのときです」
「なるほど。攻めになりますな」
「そのときに要るのは、四つです」
ファティマ様は、地図の上に指を四つ置かれた。
「厩。鐘。倉。館」
「厩は東門の内側。二十三頭。夜は当番が一人」
セヴィが言った。声の調子は変わらなかった。
「鐘は館の物見。狼煙の薪は東の塔。去年の秋に積み替えたばかりで、よく乾いてる」
*
自分の領を焼く手順を読み上げていた。
*
「では、誰を入れる」
卓が、そこで初めて静かになった。
「ヴォルフ殿の手勢では、いかがですか」
「やめておけ。得策じゃない」
ヴォルフ殿は、自分の手を軽く上げて見せられた。
「触れれば分かる。二十のうち一人でも触られれば、そこで終わりだ」
「では、『留まるもの』を組み入れるのは止めておきましょう」
留まるもの。
いつからかそう呼ばれるようになっていた。
「私と将軍と、エイブラム殿は入れません。三人とも、顔が知られております」
父を見た。何かを言いかけてやめたように見えた。
「外は」
ゴンサロ将軍が聞かれた。
「囲む側は、ヴォルフ殿の手勢と、将軍の二百四十を中心にいたします。真の相手はガーレンです」
ヴォルフ殿が手を挙げた。
「俺の手勢を使うという話だったが、許可は取ってくれ」
その言葉で皆が一斉にエリアス陛下を見た。
「ソルには、痛がってる人はいますか」
セヴィが顔を上げた。
「どういうこと?」
「痛がっているなら助けたいと思ってます」
セヴィは少し考えたあとで口を開いた。
「そういう決まりなのかな……」
「決まり?」
「ううん、なんでもない。場合よっては八百人が怪我を、そして死ぬかもしれない。僕はそれを助けたい」
「たくさんいますね。助けましょう」
ヴォルフ殿は黙って頷いた。
*
「ライアンを出す」
*
父上だった。
「顔が割れていない。場を読める。腕も立つ」
先程はエリアス陛下の許可を待たれていたのか。
期待に応えねばと、全身の血がたぎる。
「私の部下にも、一人おります」
ゴンサロ将軍が仰った。
「腕前はそこそこですが、目端が利く。決めた話が崩れたときに、その場で作り直せる男です」
ファティマ様は賛成するように頷かれた。
「なんという名前の方ですか」
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「ディエゴと申します」




