第156話:勘定に入れてない
卓の上に、冊子が一つ置いてあります。
昨日、北の境で捕らえられた娘が持っていたものです。
「間者かと存じます」
副官がそう申しました。
「そうでしょうか」
*
十八の娘が、一人で歩いてきて、こちらの欲しいものを全部持っておりました。
でき過ぎております。
ゴンサロ将軍が「次はガーレンかと存じます」と仰ってから、まだ三日です。
*
最初に読んだのは、道のりのところです。
王都からロロアまで。ロロアからソルまで。歩いて幾日、馬で幾日。川の渡り、ぬかるむ月、荷車の通れる幅。
私はこの道を歩いております。
合っておりました。
合っていること自体は、驚きません。道は誰でも歩けます。
手が止まったのは、こういう書き方をしていたからです。
*
三月の第二週まではぬかるむ。荷車は一台ずつ。二台並べると轍が崩れる。
*
私は、書き役に写させました。
次は、ソルの内側でした。
これは確かめようがありません。ですが、読んでいて手が止まりました。
壁の薄いところが書いてあります。動かせる男の実数も。蔵の場所も。
事実であるならば、これは記すべきではない内容です。
三つ目が、ガーレンでした。
どこに、幾人。荷がどう流れ、いつ動くか。
いずれも推察に基づくものですが、すべての数値に『なぜならば』が添えられていました。
私が兵を出しても取ろうとしたものが、そこにあったのです。
*
そして、冊子の半分ほどは、軍に一つも要らないものでした。
年ごとの雪解けの日付。丘に生える草の名。轍の深さ。門番の子の数。
同じ手で、同じ冊に、何年ぶんも並んでおります。
偽物なら、ここは削ります。
削っていないのは、はじめから軍のために書いていないからです。
*
確かめられるところは、全部合っておりました。
ですから、確かめられないところも、信じるほかありません。
*
そこが、いちばん怖いところです。
*
午後に、会いに参りました。
「セヴィリーナ・ソルさん。数年前に一度お会いしておりますね」
「確か七年と八十五日前かな」
返答に一切の間がありませんでした。
「あとセヴィでいいよ。長いから」
副官が息を吸いました。私は何も申しませんでした。
*
「一つ、伺います」
「幾つでもどうぞ」
「三月の第二週まではぬかるむ、と書いておられました」
「書いたよ」
「なぜ、第二週なのですか」
「六年ぶん見たからだよ。早い年もあるけど、遅い年のほうを書いておかないと荷車が落ちる」
私は、それで済みました。
「なぜ、ご自分でいらしたのですか」
「紙だけ送っても、途中で失われたり握り潰されたりしたら終わりでしょ」
「そうですね」
「でも、人なら握りつぶせない。それに」
「それに?」
「捕まれば調べられる。調べられれば送られる。送られれば」
*
「会える」
*
「危ないとは、思われませんでしたか」
「思ったよ。でも勝率が六割を超えてたからね」
この方は、それを笑わずに仰いました。
「では、もう一つ伺います」
「うん」
「何を、お望みですか」
*
「ソルを残してほしい。それだけ」
*
「それは、安くない商品ですね」
「うん」
「ご自身のことは」
*
「僕は勘定に入れてないよ。入れると、値が上がるでしょ」




