第155話:十分な数値
*セヴィリーナのイメージイラストを後書きに追加しました。
広間で騒ぎが始まったので、僕は窓際の椅子へ移った。
明るいところでないと、字が読めない。
使いが持ってきたのは二枚だった。
ドラント王国軍、北の街道にて壊滅。八百のうち七割が戻らず、残りは捕虜。
ガーレン王国軍、交戦せず退却。
「ドラントが、だと」
父が二枚目を落とされた。姉が拾って、読んで、また落とした。
僕は帳面を開いた。
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三月のはじめ、セフォーは約四百で出て、帰ってきたのは半数以下だ。
あれから半月と経っていない。
その同じ軍が、八百を潰した。
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数が合わないよね。
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人は増えない。傷は治らない。負けた軍は、負けた分だけ弱くなる。それが道理。
道理に合わないものを見たときは、まず自分の写し間違いを疑う。
三度読み直したけど、写し間違いじゃない。
僕は数字の横に印をつけた。
分からないものは、そこへ置いておく。いずれ分かる。分からないままなら、それはそれで一つの答えだ。
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「よいか。ファヴィア、セヴィ」
父が言った。無駄に声が大きい。
「わしは、こうなることを見越してガーレンに付いたのだ!」
半年前に父が繰り返してたのは「ガーレンは太い」の一言だ。帳面に書いてある。日付も書いてある。
「セフォーが盛り返したなら、ガーレンはますますこちらを手放せぬ。分かるか。これは好機だ」
「さすがお父様」
姉が言った。
「私がいれば大丈夫よ。クレーベル様がなんとかしてくださるわ」
クレーベルはガーレン王家に近い貴族の三男。残念だけど領地は持ってない。
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「セヴィ」
「はい」
「お前も少しは役に立つことを考えろ。本ばかり読みおって」
「はい」
僕は帳面に戻った。
*
ソルを通る荷が、先月から変わっている。
麦が減った。鉄と塩が増えた。
鉄は武具になる。塩は日保ちのする糧食になる。
そして、通り抜けていかない。ソルで止まっている。
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止まっている量から、養える人数が出る。
八百から九百。ただしこれは蔵の大きさから出した上限で、実際にその数が来るかどうかは別の話だ。
いずれにせよ、ガーレンはソルに兵を入れるつもりでいる。
入れてどこへ向けるかは、考えるまでもない。
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ソルは使われる。
ソルがセフォーを攻めれば、負ける。
負けたあと、旗を替えた館がどうなるかは、決まっている。
じゃあ、どうする。
簡単だよ。
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値が付くうちに、高く売る。
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持っているもののうち、いちばん高く売れるものを、いちばん高く買う相手に。
買ってもらうのは、ソルが残ること。
ついでに言えば、僕は無駄な血が嫌いだ。
流さずに済む血を流すのは費用対効果が悪いし、気分も良くない。
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帳面を鞄に入れた。
ソルのことを書いた冊は、前から持っている。ガーレンのことを書いた冊は、この十日で作った。表紙は同じにしてある。
眼鏡を拭いて、部屋を出た。
広間を出るとき、誰にも呼び止められなかった。
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畑仕事をしている人が手を振ってきたので、僕も手を振り返した。
僕が歩いて何か書いているのは、この領では天気の話と同じくらいありふれている。
北の門で、兵士に止められた。
「お嬢様。今日はどちらまで」
「北の丘だよ。雪解けの水が引いたか、見てくるんだ」
「……あまり無茶はしないでくださいよ。お嬢様のことは皆よく知っておりますが、その度に旦那様のご機嫌が悪くなるので」
「善処するよ」
この兵士には子供が三人いる。帳面に書いてある。
減らしたくないな。
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長い距離をひたすらに歩いた。
杭の見えるあたりに、人影が見える。
数は分かる。四つか、五つ。誰かは分からない。
眼鏡を掛けていても、そこまでは見えない。
だって、掛けてようやく人並みに見えるんだから。
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二つに一つ。
セフォー兵なら僕の勝ち。それ以外なら僕の負け。
場所と傾向を考えれば、勝率は六割強。
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「勝負するには十分な数値だね」




