第153話:ほどではない
王の間では、半刻ほど経過していた。
伏せていた頃は四半刻で膝が笑ったが、いまは笑わない。
カルロス陛下は玉座に座っておられる。王女殿下がその脇に立たれ、俺は段の下だ。息子は後ろの列にいる。
陛下も、俺も、息をしていない。誰も、そのことを口にしない。
息子だけが、朝から機嫌がいい。俺が戻ったのが嬉しいだけだ。
この間で、それだけの理由で嬉しい者は、あれ一人だろう。
*
ゴンサロが通された。
縄はない。鎧もない。上衣だけだった。
去年の夏に俺の腿を割ったのは、この男の隊だ。
段の下で、片膝をついた。
つき方を見た。背は伸びたままで、頭は下がっていない。あれは降る膝ではない。
「セフォー王国に、敵対せぬことを誓います。以後、私はこの国に刃を向けませぬ」
そこで一度、切った。
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「ただし、臣下にはなれませぬ」
*
「私はドラントの将にございます。将が主を替えれば、国の負けにつながります」
言葉に迷いはなかった。
「ドラントは敗れておりませぬ。負けたのは、私にございます」
王女殿下が、口を開かれた。
「求めておりません」
殿下はそれだけを仰った。
求めれば、あの二百四十名の命が安くなる。それが分かっておられるのだと思った。
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「一つ、申し上げたい儀がございます」
「申せ」
カルロス陛下の声だ。短くて強い。本当にお変わりになられた。
「私の、そして兵の使い道にございます。この剣をドラントには向けられませぬが、ガーレンは別です」
ファティマ殿下が静かに頷いた。
「ガーレンは剣を抜かず、旗だけを替えさせる国にございます。此度は貴国の動きにより退きましたが、諦めたとは思えませぬ」
ドゥエとソルのことを思い出した。
あの二つの館とは、俺は剣で当たったことがない。当たる前に旗が替わっていた。
その決断が正しかったのかどうかを、教える必要がある。
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カルロス陛下が、少し身を乗り出された。
「ゴンサロ」
「はっ」
「お前は、負けた将だな」
「仰せのとおりにございます」
「負けた将が、次の戦の話をしておるのか」
「はい」
カルロス陛下は、笑われた。
「よい。使わせてもらおう」
一年前のこの方なら、決められなかった。
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話が済んだ頃に、エリアス陛下が入ってこられた。
将軍の肩が動いた。身構えたのだ。
死人を起こす王。何を言われるか分からないと思っているのだろう。
「はじめまして。エリアスです。ゴンサロさん、ですよね」
「……いかにも」
「あの、お怪我はありませんでしたか」
「……ありません」
「よかったです」
それだけ言って、行ってしまわれた。
俺も、あれをやられた。
寝台で、痛いですか、と聞かれた。二百四十日の間、誰にも言わなかった言葉が自然と口から出た。
不思議な御方よ。
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表情を崩した俺を見て、ゴンサロがこちらに来た。
「エイブラム」
「うむ」
「丘のあいだで、目が合ったな」
「合った」
「なぜ、何も言わなかった」
「戦の最中だ」
「それもそうだな」
ゴンサロは、少し笑った。笑ったあと、こちらを見て言った。
「一つ、聞く」
「かまわん」
*
「お前は、いま、何だ」
*
「ロロア領主であり、カルロス陛下の臣」
次の言葉に迷いはなかった。
「俺は神と共にある」
ゴンサロは俺から目を離さなかった。
「腿は」
「痛い」
「治らんのか」
「治らん」
「そうか」
*
「俺の兵が残ったのは聞いているな」
「うむ」
「どうなる」
「生きているあいだは、生きている者として扱われる」
「死んだら」
「そのときは、俺と同じだ」
ゴンサロは少し考えたあとでこう言った。
「それならば、悪くはないな」
*
王の間を出た。
廊下にヴォルフ殿がいた。壁に背を預けて立っている。
「エイブラム」
「うむ」
「あんたらの王女様はお人好しだな」
「言葉を選べ」
「捕虜を全部返そうとした。ゴンサロの罪も咎めん。おまけにドラントには使わんと誓った」
「そうだ」
「戦のたびにやっていたら、国が保たんぞ」
次の言葉にも迷いはなかった。
*
「なに、エリアス陛下ほどではない」




