第152話:一緒に帰りたい
昼前に、王女が来た。
供は少ない。士官が一人と、書き役が一人。あとは死体野郎どもが遠巻きに立っているだけだ。
噂の王女将軍を、俺は初めて間近で見た。思ったより若い。そして、思ったより疲れた顔をしていた。
「ドラント兵の皆さまに申し上げます」
声が通る。張り上げてはいない。人前で喋り慣れている声だ。
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「皆さまを、お帰しします」
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しばらく、誰も声を出さなかった。言葉の意味を頭が受け取るのに、時間がかかったんだと思う。
それから、あちこちで声が上がった。泣いてるやつまでいる。
俺は喜べなかった。喜べない理由を、うまく説明できる気もしなかった。
「境までの食い物をお渡しします。武具はお返しできません」
あの剣、気に入ってたんだがなぁ、なんてことを思いながら聞いていた。
「日が暮れる前に発っていただきます」
班長だった男が、囲みのほうを顎で示した。
「あいつらは」
「あの者たちは、帰せません」
王女は、言い方を柔らかくしなかった。そこは有り難かったと思う。
班長は、しばらく黙っていた。それから、もう一つ聞いた。
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「ゴンサロ将軍は、どうなりますか」
「ゴンサロ将軍には、留まっていただきます」
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さっきまでの声が、消えた。
誰も歩き出さない。食い物を受け取りに行く者もいない。
俺たちは帰れるが、将軍は残る。
そういうことか。
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「将軍と行動を共にします」
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班長が言った。言ってから、他の連中を見た。誰も反対しなかった。
王女は、返答に困っていた。
「将軍ご自身が、皆さまをお帰しするようにと望まれました」
「はい、恐らくそうでしょう」
「では」
「だから、余計に帰れんのです」
大勢が頷いてた。
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ここで俺は、口を挟むことにした。しんみりした空気が、どうにも据わりが悪かったからだ。
「王女様」
「はい」
「ここに残るの、言うほど悪くないかもしれませんぜ。なにしろ、こいつらもいるわけですし」
俺は、ヌーノのほうを指さした。
ヌーノは、こっちを見て、それから外を向いた。
「違いない」
誰かが言って、笑った。あちこちで笑いが出た。
王女は困っていた。助け舟を出したんだから笑ってほしかったんだけどな。
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そのとき、士官たちの後ろから人が出てきた。
いたのか、と思った。
鎧はない。上衣だけだ。縄は打たれていない。ずっとそこに立って、全部聞いていたことになる。
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「帰れ」
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ゴンサロ将軍の声は、戦場で聞いたときと同じだった。
「諸君らを率いてきたのは私だ。力及ばず敗れ、諸君らに今の状況を強いたのも私だ」
「将軍」
「落度の始末を、諸君らに手伝わせるわけにはいかん。命令だ。帰れ」
誰も動かなかった。
将軍がもう一度言おうとするのを、班長が遮った。
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「俺達は、将軍と一緒に帰りたいんですよ」
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将軍は、何も言わなかった。
下を向いて肩を震わせている。班長も、他の連中もそうだ。
俺は、まぁ、わかるだろ。
やがて、王女が口を開いた。
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「ゴンサロ将軍を解放することはできませんが、あなたたちを、ドラントとの戦いに出さぬことを約束します」
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将軍が、王女に向かって頭を下げた。
黙ってその背中を見ていた。
俺たちのために頭を下げてくれたこの姿を、俺は一生忘れない。




