第151話:大地に留まり世界を正す
眠れなかった。
ヌーノは、一晩そこにいた。俺が目を開けるたびに、同じ向きで立ってやがる。
眠れるわけがない。
*
朝、班長だった男が、見張りに向かって言った。
「埋めてやってはもらえないだろうか」
いい度胸だと思った。縄を打たれた身で頼むことか。
見張りは、何も答えなかった。
当たり前だ。埋める死体が、一つもないんだから。
「なら、祈らせてくれ」
これには返事があった。誰かが走っていって、しばらくして戻ってきた。
「王女殿下がお許しになった」
*
白い上着が来た。
昨日、朝に陣を出ていった一行に混じっていた男だ。やっぱり司祭だった。
思っていたより歳がいっている。歩き方はしっかりしていた。
生きてるよな。死んでたら笑えないジョークだ。
俺たちは座ったまま頭を下げた。縄は解かれない。まあ、そうだろう。
司祭は俺たちの前に立って、それから少し横を向いた。俺たちを囲んでいる連中のほうを。
「すべては大地より生まれ」
口が動いた。考えてない。子供の頃から何万回と言わされている。
「大地に帰る」
声が、揃わなかった。
最初の何人かで止まって、あとが続かなかった。
後ろで、誰かが声を上げた。
*
「帰ってないじゃねぇか」
*
あれは、昨日「呪いだ」と言っていた男だな。
司祭は、怒らなかった。
男は怒られると思って身構えていたんだろう。拍子抜けした様子だった。
司祭はゆっくりと歩き出し、ついこないだまで仲間だった死体野郎どもに声をかけ始めた。
「あなたは、苦しんでおられますか」
「苦しくない」
隣の男にも、同じことを聞いた。
「苦しくないです」
その隣にも聞いた。片腕が無い男だ。肘から先が、袖ごと無い。
「苦しくありません」
*
全員が同じことを言っている。
*
司祭が、ヌーノの前まで来た。
俺は、司祭より先に聞いた。
「ヌーノ」
「なんだ」
「本当か」
ヌーノは、少し間を置いた。考えているのか、答えを探しているのかは分からない。昔からそういう間を置く男だった。
「痛いのは痛いぞ」
「ああ」
「けど、苦しくはないな」
俺は、それで済んだ。
こいつは昔から、都合の悪いことを黙っていられない男だ。飯を余計に食った日でも、自分から白状するような。
*
司祭が、俺たちのほうへ戻ってきた。そして、さっきの続きをやった。
「すべては大地より生まれ」
今度は、誰も言わなかった。
言えないのだ。囲んでいる連中が、そこに立っているのだから。
司祭は、待たなかった。自分で続けた。
*
「大地に留まり世界を正す」
*
誰かが、小さく息を吸った。俺も吸った気がする。
司祭は、もう一度、初めから唱えた。
「すべては大地より生まれ」
「大地に留まり世界を正す」
声は、揃った。
*
ヌーノも、言っていた。
外を向いたまま、口だけが動いていた。




