第148話:馬鹿な話
前列の兵が、敵兵の腹を刺した。
敵兵は倒れて、それから起き上がった。立ち方に迷いがない。腹を押さえもしない。
もう一度、別の兵に突かれた。同じように倒れて、同じように起きた。
*
骸骨が人を襲うのだと思っていた。腐った肉が歩くのだと思っていた。
そうではない。
人だ。
顔があり、目が動き、こちらを見る。汗をかいていないだけだ。
私は様々な戦場で剣を振るってきた。人が死ぬところを見てきた。死んだ者が起きぬことも、同じだけ見てきた。
こんな馬鹿な話があるか。
「幅を取れ!」
命じたが、困難なことは分かっていた。
左は斜面、右は沢だ。登れず、下れば戻れない。
この道を選んだのは、私だ。
だが、大声で叫びたかった。
死なぬ兵など想定できるか、と。
*
伝令を出した。
「下がらせろ!」
「下がれませぬ!後ろが詰まっております!」
当然だ。八百のうち六百が、後ろで前の空くのを待っている。
待っている者は、下がれと言われても、下がる先がない。
私は前へ出た。二列目まで押し上げて、前を見た。
*
敵の鎧が目に入った。
我がドラントの意匠だ。肩の留め具の形が特別で、あれを打たせているのは王都三軒の鍛冶屋だけである。
一つではない。数えて、十を越えたところでやめた。
裏切りか。いや、違う。
兵の顔に見覚えがあった。一兵卒だが、生まれた土地が私と近いこともあり、少しだけ言葉を交わしたやつだ。
やつは、先の戦で、死んだ。
列の中ほどに、エイブラムがいた。右の腿には包帯が巻かれているが、まるで傷など無いかのごとく動いている。
重傷という話は擬態か。それも違うだろう。
*
そうか、エイブラム。
お前は、そちら側になったのだな。
*
目が合ったが、あの男は何の反応もしなかった。声も上げず、指もささず、次々と我が兵を屠っていった。
以前と何ら変わらぬ、恐るべき豪力を存分に振るっていた。
*
ほぼ同時に、我が軍の後方が乱れた。鬨はない。
伝令が転がるように、知らせに来た。
「後方に、敵!丘の裏より!」
「数は」
「三百ほど!」
火を焚かず、夜通し歩いて回り込んだということか。
*
後ろの六百が混乱しているのは明らかだった。
振り返れば、前は押せぬ。押さねば、前の列は休む。休まぬ相手に、こちらだけが休みを与えることになる。
前と後ろが、同じ刻に詰まった。
私は、南へ抜ける決断をした。
細いところを通り切れば、開ける。開けたところで並べば、八百は八百に戻る。
「先頭を、押し通させろ」
半刻して、返ってきた。
*
「南の口は、塞がっております!」
*
三隊に分けたのか。北にエイブラム。丘の裏にあの三百。そして口に、残りの全部。
昨日、私は言った。八百のうち、まだ六百が手をつけていない、と。
その六百は、いま、どこへも向かえぬまま、切り取られようとしている。




