第146話:今回は
確かに、とヴォルフ殿も同意なさいました。
「あの手の者は、必ず食い付いてくるだろう」
私は、絵を引きました。
エイブラム殿が三百。うち二百五十を起き上がった者にして、北の街道へ出ます。当たったら退きます。押されて退くように、ゆっくり退きます。
退いて、丘のあいだの細いところへ引き込みます。
この土地を、私は歩いて知っています。
三日前、負けて戻るときに通りました。荷車が三台、右へ落ちかけました。
左が斜面で、右が沢です。乾いている月でも、馬は右へは寄りません。
「そこは、横に広がれません。二列でしか入れません」
「八百が、四百ずつになる」
「二列なら、前の者だけが戦えます」
数の利は、並べる幅で決まります。
並べられなければ、八百は八百のままでは働きません。後ろの六百は、前が空くのを待つだけになります。
「そこで止めます」
「止まるか」
「起き上がった者は、逃げないでしょうから」
*
そこで、言葉を切りました。
止まる、と言い切るのは、逃げない者を置く、ということです。
私は、それを言い直しませんでした。
この策は、細いところに置いた者を、使い減らすことで成り立ちます。
死にはしません。ただ、戻ってきたときには、行ったときと同じ形ではありません。
二百五十人が、二日で何人ぶんの手足になるのかを、私は知りません。
*
「止めているあいだに、ヴォルフ殿が横から入られます」
「どこからだ」
「丘の裏です。三百で足ります」
「回り込むのに、半日はかかる」
ヴォルフ殿は、丘の絵を指でなぞられました。
「前の日の夜に出ていただきます。火は焚けません」
「焚かんでいい。寒くもない」
私は、そこで気づきました。
この隊は、夜通し歩いて、そのまま戦えます。生きた兵なら、着いた朝は使えません。半日は休ませます。
その半日が、要らない。
*
「入られたら、後ろの六百は振り返ります」
「振り返れば、細いところは押せん」
その指が、細いところの後ろで止まりました。
「前と後ろが、同時に詰まります」
「挟むのだな」
「はい」
「悪くない。王女将軍などと呼ばれるのは名か実か、前者だと高を括っていたが。謝罪する」
「恐縮です」
細いところで倒れる者は、こちらの兵だけではありません。
向こうの倒れた者も、陛下があの地を歩かれれば、あとでこちらへ来ます。
それを、はじめから勘定に入れてよいものか。
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入れませんでした。
今回は。
*
もう一つあります。ガーレンです。
あの国は、武では来ません。金と縁で来ます。館を買い、旗を替えさせてきた国です。ドゥエもソルも、剣ではなく銀で落ちました。
買う者は、値の下がったものを買いません。
「ドラントが崩れれば、ガーレンは退きます」
「戦わずにか」
「戦わずに、です。あの国は、勝ちそうな側にしか金を出しません」
ヴォルフ殿は、南のほうを一度だけ見られました。
「では、南は放っておくのか」
「放ってはおきません。ただ、当てるのは兵ではないと思っております」
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そこで、父が口を開かれました。
「ファティマ」
「はい」
父が卓に口を出されるのは、座ってから初めてでした。
「ガーレンに、使いを出そう」
「なんと書かれますか」
*
「何も書かぬ。出すだけでよい」
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文を持たぬ使者が着けば、向こうは中身を考えます。
こちらが何を寄越そうとしているのか。降伏か、和議か、あるいは離間か。考えているあいだは、動きません。
この方がそういうことを思いつかれるのを、私は知りませんでした。
「もう一つある。わしも出る。前へ」
「なりません」
「そうか」
父は、そこで引かれました。
強き心を得たのは喜ばしいことではありますけれども。
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三隊に分けました。エイブラム殿が北へ。私が細い道の口に。ヴォルフ殿が丘の裏へ。
卓を畳むとき、父が仰いました。
「ファティマ」
「はい」
「あの二人は、似ておるな」
私は、そう思ったことがありませんでした。思ってみると、そのとおりでした。
言葉が短い。どちらも、要ることしか言いません。負けた話を、負けたままで話します。
「一つだけ、違います」
「言え」
エイブラム殿とヴォルフ殿は、もう外に出ておられました。
「エイブラム殿は、ずっと同じ方にお仕えしました」
「うむ」
「ヴォルフ殿は、雇われた先を渡ってこられました」
父は、少しのあいだ黙っておられました。
*
「いまは、同じだな」
*
卓を畳んで、外へ出ました。
起き上がった者たちが、まだ同じところに立っています。
誰も、座っていませんでした。




