第142話:どちらの神に
朝までに、済ませておかねばならぬことが三つある。
一つ。触れの文。陛下は昨夜、急に身罷られた。そして戻られた。それだけを書かせる。
二つ。医師を呼ばぬこと。呼べば、瓶を知る者が一人増える。
三つ。王女である。
三つ目が、いちばん難しい。
紙は書けばよい。医師は呼ばねばよい。人は、そうはいかぬ。
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王女は、廊下に立っておられた。
壁に手をついておられる。手をついて、動かれない。
「ファティマ様」
「司祭」
「お加減は」
「悪くは、ありません」
悪くない者は、壁に手をつかぬ。
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こういう夜を過ごした者は、二つに分かれる。
誰かに言う者と、言わぬ者である。言えば軽くなるので、たいていは言う。
言わぬ者のほうが、あとで重くなる。そして、あとで重くなった者は、扱いやすい。
「一つ、伺います」
「どうぞ」
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「真実を、皆にお伝えになりますか」
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この方は、何の真実か、とは聞かれなかった。
聞き返さぬというのは、心当たりがあるということである。
私はそれを確かめに来た。確かめ終えた。
王女は、壁から手を離された。
「セフォー王国、そして、レーヌの平和が優先です」
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優先、と仰った。隠す、とは仰らなかった。
優先という語には、順が要る。順があるということは、二つとも見えておられるということである。
見えていて、下に置かれた。それは、いつでも上へ戻せるということでもある。
もう一つ、確かめたいことがあった。
「先ほど、成功を神に祈る、と仰いましたな」
「申しました」
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「どちらの神に」
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王女は、しばらく答えられなかった。
考えておられるのではない。言葉を選んでおられるのでもない。
問われて初めて、そういう問いがあることに気づかれた顔である。
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「大地に帰るのを、留めてくださる神に」
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私は、頭を下げた。
長らくこの城へ通った。この方には、十のときから教典の内容を説いてきた。説いたのは私である。
今回この方は、私が説く前に答えを導き出した。
説く手間が省けた、とは思わなかった。
ただ、この方は、大いに役に立つ、と。
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部屋へ戻って、綴りを開いた。
触れの文は、あとでよい。
書いたのは、一行である。この一行から始まる。
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大地に帰るのを、留めてくださる神。




