第14話:休んでおります
「休みを作りたいんです」
翌朝、執務室に入るなり私はそう言った。
アンリさんは書類を三つに分けているところだった。手を止めて、こちらを見た。
「休み、と申しますと」
「昨夜、城の中を歩きました。真夜中に、みんな立っていました。灯りもつけずに」
「はい」
「働きすぎです」
私は言った。
「誰も休めと言われていないから、休まないんだと思います。だから私が言わなくてはいけない。全員に、順番に休みを取ってもらいたいんです」
アンリさんは、しばらく黙っていた。
それから、書類の束を卓に置いた。
「かしこまりました」
「いいんですか」
「陛下がお決めになることです」
「反対されると思っていました」
「なぜでございましょう」
「人手が減ります。橋も、井戸も、街道も、たくさん決めたばかりですから」
アンリさんは少しのあいだ、私を見ていた。
「陛下」
「はい」
「私は四十年、そういう理由で物事を半分にしてまいりました」
その言い方に、感情はなかった。
「もう、そうする必要がございません」
*
布告は、その日のうちに出た。
城の者、畑の者、街の者、兵。全員に順番で休みを与える。十日に一度、丸一日。誰も咎めないし、給金も減らさない。
私は文が読めないので、アンリさんに読み上げてもらってから印を押した。
早馬が出ていくのを、私は窓から見た。東へ、西へ、南へ。二十万の民に届くには何日もかかるはずだった。
*
三日後、私はアンリさんに聞いた。
「休んでいる人は、どのくらいいますか」
「おりません」
「え」
「一人もおりません」
私は言葉が出なかった。
「布告は、届いたんですか」
「届いております」
「じゃあ、なぜ」
「わかりかねます」
私は廊下に出た。
いつもの女の人が立っていた。名前は結局、まだ聞けていない。
「あなたは、休みましたか」
「いいえ」
「布告は聞きましたか」
「はい」
「では、休んでください。今日から」
「休んでおります」
その返事を、私は前にも聞いた。城に来た最初の朝に聞いた。
「立っているじゃないですか」
「はい」
「立っているのは、休んでいることになりません」
その人は少し首をかしげた。
困っているようだった。私が何を言っているのか分からない、という顔ではない。分かっているが、どう答えればいいのか分からない、という顔だった。
「疲れておりませんので」
やっと、そう言った。
*
私はその日、城を出て街を歩いた。
誰も休んでいなかった。
市の台の前に、売り手と買い手が立っていた。鍛冶屋は炉の前に立っていた。荷車を引く者は荷車を引き、荷を積む者は荷を積んでいた。石工は石を削っていた。
全員に声をかけた。全員が「休んでおります」か「疲れておりません」と答えた。
城の裏手で、マルグリット婆さんに会った。
王都に来てから、この人は城の中の小さな部屋をもらっている。その日は庭の隅に立っていた。何をするでもなく、通りのほうを見ていた。
「婆さん」
「なんだい」
「休んでいますか」
「休んでるよ」
「何をして」
婆さんは、通りのほうを見たままだった。
「見てる」
「何を」
「通る人だよ」
私は隣に立った。通りには誰も通っていなかった。
「村では、毎朝あそこに座っていましたね」
「石があったからねえ」
「石」
「入口の、平たいやつさ。四十年座った。誰が出ていって、誰が帰ってきたか、全部見てた」
婆さんは、それきり黙った。
私は少し考えて、言った。
「石を、持ってきましょうか」
婆さんはこちらを見た。
何か言いかけて、口を閉じた。それから、歯が三本しか残っていない笑い方をした。
「いいよ」
「遠慮しないでください。運ばせます」
「石はあってもねえ」
婆さんは言った。
「通る人が、いないから」
私はうなずいた。今日は休みの布告を出した日で、たまたま人通りが少ないのだと思った。明日になれば、また通る。
*
昼を過ぎて、私は疲れた。石畳は森の道より足に来る。私は井戸の縁に腰を下ろした。
通りの向こうから、ピエールが走ってきた。
「兄ちゃん」
「ピエール」
「なんか用事ある?」
「ないよ」
「じゃあ走ってくる」
そう言って、また行ってしまった。この子だけが、王都に来てからも変わらなかった。朝から晩まで走り、日が暮れても走っている。
この子は休んでいるのだろうか。
考えたが、答えが出なかった。走るのが楽しいなら、それは休みかもしれない。
*
城に戻って、私は決めた。
「命じます」
私が言うと、アンリさんは顔を上げた。
「お願いではなく、命令にします。明日は全員、休んでください。持ち場を離れて、家に帰って、何もしないでください」
「全員、と仰せですか」
「はい」
「畑の者も、兵も」
「全員です」
アンリさんは、書類を置いた。
「かしこまりました」
私は少し安心した。命令なら従うだろう。この人たちは、私が言えば必ずそうするのだから。




