第135話:継がない
三日が過ぎた。
父は、寝台に戻っていない。
私が朝に起きると、父はもう外にいる。夜に私が寝るときも、外にいる。
腿の傷は、そのままだ。歩き方で分かる。右をかばっている。去年の夏から変わっていない。
あいだのことをモーリスに聞いた。モーリスは嬉しそうに答えた。
「ずっと、おられます」
*
北の畑で、父に追いついた。
「父上」
「ライアン」
父は鍬を持っていた。
「領主が鍬を持つと、民は明日を諦める、ではなかったのですか?」
私は微笑みながら少し意地の悪い質問をした。
父は大きく笑い声を上げてから答えた。
「あれは、明日がないときの話だ」
*
それから父は、話し続けた。
境のこと。ドラントの動き。ガーレンに旗を替えた館のこと。去年の刈り入れで、雨が三日続いたときのこと。
順に、全部。
父が伏せてからの二百四十日、父は二度息を継がないと次の言葉が出なかった。
「ライアン」
「はい」
「聞いているか」
「ちゃんと聞いておりますよ」
心が温かくなるのを感じていた。
*
館へ戻る道で、門の外の五人を見た。
白いマントの教会騎士だ。着いた日から、あそこにいる。
食事を運ばせた。手をつけていない。火も焚いていない。三月の夜は冷える。
私はペドロに声をかけた。
「あの方々は、中へ入らないのですか?」
「警戒のためにございます」
そう言って、少し笑った。
*
その日の午後、広間に呼ばれた。
地図が掛けてある。父が王都から持ち帰ったもので、私の背丈ほどある。
ベルナール様が、その前に立っておられた。エリアス王と、父がいる。
「エイブラム殿。落ち着かれましたか」
「おかげさまで、感謝の言葉もございません」
「では、始めましょう」
*
「セフォー王国には、より多くの助けが必要です」
ベルナール様の言葉のあと、父が地図を見た。私も見た。
ドゥエ。ソル。旗を替えた館である。その向こうにドラントがあり、南にガーレンがある。
セフォーの王都は、真ん中にある。
「王都へ参りましょう。エイブラム殿を先頭に」
「俺が、ですか」
「あなた様のお顔を知らぬ者は、宮中におりませぬ」
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エリアス王が、口を開かれた。
「あの」
「はい」
「そこにも、痛いと言っている人がいますか」
ベルナール様は、少し間を置かれた。
「おります」
「では、私も行きます」
「ありがたき幸せにございます」
*
父が言った。
「早速、馬車を用意しましょう」
「あ、私は歩きます」
「歩くにはかなり距離がございますよ」
「大丈夫です」
父は、それ以上言わなかった。
エリアス王は質問を重ねた。
「宮中には、どなたがいるのですか」
「カルロス王と、ファティマ王女がおられます」
ベルナール様は、それだけ仰った。
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その夜、私は礼拝堂へ行った。
膝をついて、句を唱えようとした。
この三日、この領で死んだ者はいない。だから、唱える相手がいない。
だがこの日、私は普段よりも長く膝をついて祈りを捧げた。
*
次の朝、北の畑に畝ができていた。
昨日は、なかった。
畝は、まっすぐだった。私が引けば、必ずどこかで曲がる。
北の畑に、今年は種を蒔くことができる。




