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白王と黒王  作者: ブルースライム
第3章:レーヌ小国群

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第129話:鳴ってくれた

 鐘だった。


 この領で、夜に鐘が鳴ることはない。


 私は父の手を握ったまま、しばらく動けなかった。動けなかったのは、鐘が何を意味するかを、頭のほうが先に思い出していたからだと思う。


「ライアン様!」


 モーリスが戸口にいた。


「教会の御方が、門に!」


 私は父の手を優しく離してから、走った。廊下を走ったのは、子供のとき以来だ。


     *


 門のところに、馬が一頭と、若い男が一人いた。


 白いマントを羽織っている。その中は鎧だろう。マントは教会騎士のものだったから。


 鐘は、この男が鳴らしたのだと分かった。教会の者は断らずに鐘を鳴らしてよい。この領ではそういうことになっている。


「教会騎士団のペドロと申します。ロロア領のご嫡子でいらっしゃいますか」


「ご丁寧にありがとうございます。はい、ロロアのライアンです」


「先触れにございます」


 男は懐から紙を出そうとして、やめた。


「口で申し上げます。急ぎましたので」


     *


「ベルナール司祭が、明日の昼までにこちらへ到着なさいます」


     *


 私は、その場でうまく息が吸えなかった。


「……ありがたい、です」


「エイブラム伯爵のご容態は」


「良いとは、言えません」


「承知しました、戻ってベルナール司祭にお伝えをいたします」


 私は深く、深く、頭を下げた。


 頭を下げること以外に、今の気持ちを表現する術を持たなかったからだ。


     *


 父の部屋へ戻ると、息が変わっていた。


 二度に一度あった間が、なくなっている。


 モーリスが灯りを一つ足していた。


「父上」


「……ああ」


「鐘が鳴りました」


 父は、目だけをこちらに向けた。それから、少し時間をかけて、言った。


「来られたか」


「明日の昼までに」


「そうか」


 父はそれきり黙った。黙ってから、しばらくして、また言った。


「灯りを、消せ」


「暗くなってしまいます」


「明るいと、寝られん」


 私はモーリスを見た。


 モーリスは微笑みを浮かべて、足した灯りを消した。


     *


 部屋を出て、私は門へ戻った。


 教会騎士のペドロは、馬に水をやっていた。聞けば今夜のうちに戻るのだという。


「一つ、伺ってもよろしいですか」


「なんなりと」


「司祭様は、おひとりで来られますか」


「いいえ」


 男は、水の桶を置いた。


「司祭様のほかに、教会騎士が十名。それから、ヴィタリス王国の巡察隊が三十名」


「ヴィタリス?すべてが教会騎士ではなく、ですか?」


「はい」


 私は、その数を頭の中で並べた。


 この領に、四十を超える客が入る。いま館にいるのは、私とモーリスと父と、館の者が数名である。


「それだけの人数で、なぜでしょう」


「布教にございます。西の小国群へ向かわれる途上と伺っております」


 なるほど、そういうことか。だが同時に二つの疑問が浮かんだ。


 一つは、司祭様が布教に三十名もの兵を連れて行かれるものだろうか。


 そして。


「あの」


「はい」


「その、何ゆえに、ヴィタリス王国の兵なのでしょうか」


 男は、少し不思議そうな顔をした。答えを渋ったのではない。私がなぜそれを聞くのかが分からない、という顔だった。


     *


「ヴィタリス王国のエリアス陛下が、ご同行なさっているからです」


     *


 私は、聞き返さなかった。


 聞き返すと、聞き間違いではないことになる。


 ペドロは馬に乗って、行った。


 私は門のところに残った。


 ペドロの姿はとうに夜の闇に飲まれて消えている。


 私はその闇に目をやりながら、夕方に商人が言ったことを思い出していた。


     *


 畑に、人が出ておるそうです。


 昼夜問わず休みなく、です。強いられているのではございません。


     *


 礼拝堂の鐘は、もう鳴ってはいない。


 鳴ってくれた、と私は思った。


 二年ぶりに、鳴ってくれた。

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