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白王と黒王  作者: ブルースライム
第3章:レーヌ小国群

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123/173

第123話:まだ実る

*ライアンのイメージイラストを後書きに追加しました。

*新章ということで、世界地図を再掲載します。

挿絵(By みてみん)

 我らロロア領の名産は麦と豆だ。


 セフォー王国はレーヌ小国群の中でも最も内地に位置しているので、海寄りの小国よりも農業に適している。


 三月の畑に、人が二十人いた。


 去年は五十人いた。その前の年は、数えたことがない。数える必要がなかったからだ。


     *


「ライアン様」


 畦の向こうからモーリスが来た。年寄りだが、この男は畦を歩くのが速い。


「北の畑は、今年は蒔きません」


「そうか」


「蒔く手がございません。申し訳ございません」


「気にしないでくれ。私が蒔いてみるよ」


 モーリスは足を止めた。


 止めてから、頭を下げた。


「旦那様が、お呼びでございます」


     *


 父の部屋は、館のいちばん奥にある。


 窓を閉めてある。開けると、風で灯りが揺れて、傷を診る者が手元を見誤るからだ。


 もっとも、この半月は誰も診に来ていない。


     *


 父は寝台にいた。


 腿の傷は、去年の夏のものである。塞がりかけて、また開いた。開いてからは、塞がる話を誰もしなくなった。


「ライアン」


「はい、父上」


「畑は」


「北の畑が人手不足ですが、ご安心ください。なんとかしますゆえ」


「そうか」


 父はそれきり黙った。


 息を継ぐ音が二度した。


「モーリス」


「はい」


「読め」


     *


 モーリスが紙を出した。


「一つ。ドゥエの館が、旗を替えました」


「二つ。ソルの館も、同じ日にございます」


「三つ。使いは、いまだ戻りませぬ」


     *


 父は天井を見ていた。


「二つか」


「二つでございます」


「先月は」


「三つにございました」


「減ったな」


「はい」


     *


 私は口を挟まなかった。


 減ったのは、替える館が残っていないからである。


 それは父も分かっている。分かっているうえで、減ったな、と言われた。


     *


「使いは、何日目だ」


「二十二日目にございます」


「王のご返答は」


「ございません」


 父は目を閉じた。


 閉じてから、しばらく開けなかった。


 私が幼い頃、父は毎年、収穫のあとで王都へ上がっていた。上がるたびに何かを持って帰ってきた。塩の許しだったり、橋の材だったり、私の背丈ほどもある地図だったりした。


 地図は、いまも広間に掛けてある。


 あの頃、返答が二十二日も来ないということは、なかった。


     *


「ライアン。お前は畑に出るな」


「なぜでしょうか」


「領主が鍬を持つと、民は明日を諦める」


 答える言葉は、二つある。


 一つは、諦めていないから出るのだ、というものだ。


 もう一つは、もう遅い、というものだ。


 だが、どちらも言えなかった。


     *


 部屋を出て、私は礼拝堂へ行った。


 石の小さな建物で、屋根に鐘が下がっている。この領には司祭がいないので、鐘は年に二度しか鳴らない。


 私は膝をついて、いつもの句を唱えた。


     *


 すべては大地より生まれ、大地に帰る。


     *


 女神テラリーズは、急がない。


 種を蒔いてから実るまでを、女神は決して早めない。早めないから、遅らせもしない。


 だから私は、まだ実ると思っている。


 立ち上がって、外を見た。


 畑の二十人が、まだ畦にいた。


 日が落ちるまでには、あと一刻ある。


     *


 夜、父がまた私を呼んだ。


 灯りを一つだけ点けさせて、モーリスを下がらせた。


 二人になるのは、久しぶりだった。


「紙を」


 私は紙と筆を持ってきた。


「書け」


「はい」


     *


「ベルナール殿へ」


     *


 私は筆を止めた。


 止めてから、書いた。


「ベルナール司祭様ですか!」


「そうだ」


「……何と」


 父は息を継いだ。


 二度継いで、それから言った。


「最後の祈りを頼みたい」


 私は書いた。


 書いてから、次を待った。


 父はまだ何か言うつもりでいる。言うつもりでいて、言う順を決めかねている。そういうときの息の継ぎ方を、私は知っている。


「それから」


「はい」


「息子を頼む、と」


 私はそれも書いた。


「読み返せ」


 私は読んだ。二行しかないので、すぐ終わった。


「短いな」


「はい」


「それでいい」


 私は、すぐに顔を上げることはできなかった。


     *


 紙を巻いて筒に収めた。明日の朝、教会に預ける。


 教会は独自の伝達網を持っているようなので、あとは一刻も早くお手元に届くことを祈るしかない。


     *


 部屋を出るとき、父が言った。


「ライアン」


「はい」


「すまぬ」


     *


 私は扉を閉めた。


 閉めた後も、しばらく廊下に立っていた。

ライアン

挿絵(By みてみん)

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