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白王と黒王  作者: ブルースライム
第2章:アイゼンヴァルト王国

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121/173

第121話(幕間):喧嘩にならないですね

 三月になった。


 斜面の人たちは、まだ歩いている。


 二月に見たときと、歩幅も、間の空け方も同じだった。麦は伸びた。人は同じだった。


     *


「陛下。荷が入りましてございます」


 ヴァレリーさんが来た。


「二千八百ですか」


「二千八百にございます。荷車で三十七」


「ドナートさんは」


「ご一緒でございます」


 中庭へ下りた。


 荷車が並んでいて、その脇にドナートさんが立っていた。


 五十を過ぎた人である。三年前に初めて来たときと、上着が同じだった。袖のところが擦れている。


 顔が黒くなっていた。前より痩せている。十一日、荷と一緒に来たのだと思った。


「陛下」


「ドナートさん」


「お久しゅうございます」


     *


 私は荷を見た。


 俵が積んである。縄の掛け方が同じで、どの荷車も同じ形をしていた。


「道中はどうでしたか」


「十一日にございます」


「雨は」


「三日ございました」


「船は、こわくなかったですか」


「慣れましてございます」


 答えは短かった。


 三年前もそうだった。この人は、聞いたことにだけ答える。


     *


 番頭さんが書付を出した。


 ドナートさんがそれを受け取って、両手で差し出した。


 量と値と日付が書いてある。いちばん下に、私の書いた一行がある。


     *


 お返事はまだですか。


     *


 紙は汚れていなかった。折り目も付いていない。十一日、どこかに大事にしまわれていたのだと思った。


「値は」


 ヴァレリーさんが聞いた。


「据え置きにございます」


「動く時期と伺っておりましたが」


 ドナートさんは、少し黙った。


「東が、出ぬと決めましたそうで」


「どちらでお聞きに」


「道中にございます。三日目の宿で一度、七日目の川で一度。同じ話を二度聞きましたので、確かかと」


「なるほど」


「兵は集めたまま、西の方面へ回したとか。出すためではないそうにございます」


     *


 私には、半分しか通じなかった。


 通じなかったが、一つだけ分かった。


「喧嘩にならないですね」


 ドナートさんが、こちらを見た。


「もう一儲け、できたはずにございました」


 言ってから、口を閉じた。


 閉じてから、頭を下げた。


「……これは、失礼を申しました」


「いえ」


「貴国にとりましては、朗報にございますな」


 私はうなずいた。嬉しかったので、うなずいた。


 喧嘩にならないのなら、痛いと言う人が増えない。


     *


「そうですか」


 ヴァレリーさんが言った。


「戦にならぬなら、それは何よりでございます」


 ヴァレリーさんは、荷の紙の端を揃えた。


 揃っていた。


     *


 ドナートさんは、それから商いの話をした。


 次の荷のこと。倉を二棟建てたこと。南で人を借りる話が出ていること。


 私は半分ほど聞き取れた。残りは、あとでヴァレリーさんに聞くつもりだった。


 話が切れたところで、私は聞いた。


「ドナートさん」


「はい」


「マルコさんは、よくなりましたか」


     *


 ドナートさんは、荷車のほうを見た。


「あの者は、船に乗っておりませぬ」


「よくならなかったのですか」


「乗っておりませぬ」


 同じことを二度言われたので、私はそれ以上聞かなかった。


「では、もう一つだけ」


「はい」


「お返事は、まだですか」


     *


 ドナートさんは、何か言おうとした。


 書付に返事の欄はない、と言うのだと思った。前に二度、そう聞いている。


 言わなかった。


 言わずに、頭を下げた。


「陛下」


「はい」


「今夜は、こちらに泊まらせていただきます」


「はい」


     *


 それだけだった。


 私は、返事はもらえなかったのだと思った。


 部屋へ戻ってから、窓の外を見た。


 斜面の人たちは、まだ歩いている。


     *


 値が動くと、誰かが得をして、誰かが損をする。


 今度は、ドナートさんが損をしたらしい。


 うちが得をしたのなら、そのぶんを何かでお返しできないだろうか。


 私はそれを、明日の朝までに考えることにした。

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