第120話:もう一行
様式を直していた。
回収隊の使う紙である。四十名で足りているものを、四百名でそのまま使うと、収まらない欄が三つ出る。
油の出納。焼いた者の名。灰の行き先。
いまは一枚に収まっている。四百名では収まらない。
*
誰にも命じられていない。
命じられてから直すと、直すあいだ現場が止まる。止まっているあいだ、現場は書かずに済ませる。書かずに済ませたものは、あとで出てこない。
だから先に直す。これまでもそうしてきた。
*
扉が鳴った。
「入ります」
「メルダース士官か」
三年、この呼び方で通している。決して名では呼ばない。今はまだ。
「参謀殿、いまよろしいでしょうか」
紙を出した。厚い束である。
「陛下より、三行目の出所を出せと命じられました」
「聞いている」
「出ました」
「十九枚のうち十四枚が、三日に収まっております。場所で並べても、同じ三日でございます」
「人の足では、そうならぬな」
「なりませぬ」
この者は、余計なことを言わない。
言わないので、三年で一度も、こちらから聞き返したことがない。
今日は聞き返すことになる。
「同じ三日の中に、もう一つございます」
「言え」
*
「陛下は出るおつもりだった。止めたのは参謀長である。金がかかると言った」
*
私は紙を置いた。
あの日、上申したのは私である。却下されたのも私である。
書き取ったのは、この者である。
ゆえに、この者にだけは通らぬ話である。
通らぬと知って、この者は持ってきた。
「逆でございます」
「そうだな」
「訂正なさいますか」
「せぬ」
「なぜでございますか」
*
「陛下の御為にならぬ」
*
メルダース士官は、そこで動かなくなった。
驚いた顔ではない。初めて聞いた顔でもない。
聞いたことのある言葉を、二度目に聞いた顔である。
私は、その顔の理由を知らない。
「陛下には」
「出します」
「構わぬ」
「はい」
束を抱え直して、扉のところまで下がった。
下がってから、止まった。
「一つ、よろしゅうございますか」
「言え」
「触れに、参謀本部と、参謀長と、二つございました」
「あった」
「出したところを書くのであれば、参謀本部で足ります」
「確かに、足りる」
「では、なぜ」
「見たいものだけを見せる。下がれ」
扉が閉まった。
この者は、下がれと言われて食い下がったことがない。今日も食い下がらなかった。
三年で、数を二度間違えたのを見ている。二度とも翌日には直っていて、直したことを言いに来なかった。
言いに来る者のほうが、この城には多い。
*
私は様式に戻った。
三つの欄を四枚に割り直して、番号を振った。四百名で使える。四千名でも、同じ割り方で足りる。
いま四十名である。増やす話は、どこにも出ていない。
*
それから、次の触れの案を書いた。
条文を五つ写す。写し違いがないかを二度見る。
いちばん下に、出したところを書く欄がある。
参謀本部、と書いた。
その下に、もう一行足した。




