第118話:割り切れる数
三日後、帝国領から人が来た。
使者ではない。境の杭のところまで来て、こちらの当番と少し話して、帰った。
これ自体は珍しい話ではない。戦闘状態であればもちろん別だ。
だが祖父の、曽祖父の、そのまた前から睨み合っている相手であればこその、現場同士の生ぬるい交流の一つだ。
話した中身は、糧秣の値と、冬の道の具合だった。
自分は報せを持って天幕へ入った。
「向こうの下士官が、杭まで参りました」
「何を話した」
「麦の値と、道でございます」
「ほかには」
「ございません」
「そうか」
閣下は顎髭に手をやられた。
「明日から、当番を替えるな」
「同じ者を、でございますか」
「同じ者だ。三月いっぱい」
*
自分は割りを書き直した。
当番を替えないというのは、こちらの手を減らすことである。替えられる者を替えないのだから、余りが出ない。
書きながら、なぜかを考えた。
三月の割りを繰ってみた。去年の同じ月、向こうの下士官は二度来ている。その前の年も二度である。
来る月が決まっている。決まっているものは、確かめに来ているということだ。
*
向こうは、麦の値を聞きに来たのではない。
誰が立っているかを見に来た。
毎月違う顔が立っていれば、人が回っていると分かる。同じ顔が立っていれば、回す余りがないか、回す気がないかのどちらかである。
どちらかは、向こうには分からない。
分からないものを、向こうは持ち帰る。持ち帰って、誰かに渡す。
*
三月のあいだ、境には同じ顔が並んだ。
向こうの下士官は、二度来た。二度とも同じ話をして、帰った。
三度目は来なかった。
*
その月、火の数も変えなかった。
人は四分の三のままである。
替えぬ当番は、休みが減る。休みが減れば、割りに苦情が来る。苦情はこちらへ来る。閣下のところへは行かない。
*
自分は、聞かずに済ませるつもりでいた。
済ませられなかったのは、割りを書き終えた夜に、閣下が茶を出されたからである。
この方は、部下に茶を出される。味についての感想は差し控える。
「バラク」
「はい」
「聞きたいことがある顔をしているぞ」
*
「では、一つ」
「言え」
「閣下は、西を攻めることに賛成されたと伺いました」
「挙げた」
「それはなぜでございますか」
「軍医殿だけはどう転ぶかだったが、他は読めた。イザークは特にな」
「意味が分かりませぬ」
「陛下が攻めぬ、と思ったからよ」
「え?」
不敬ながら声が漏れた。
*
閣下は茶を飲まれた。
自分は、もう一度聞くべきかどうかを考えた。考えているうちに、聞き方が分からなくなった。
「バラク」
「はい」
「割り切れる数というのは、なかなかどうして厄介、ということだ」
閣下は湯呑みを置いて、顎髭に手をやられた。
それから、明日の天気の話をされた。
*
自分は天幕を出て、割りの続きを書いた。
書きながら、割り切れる数のことを考えた。
東部方面の持ち場は十四である。十四は割り切れる。
火の数は五百三十であった。十四で割れば、割り切れない。
いや、五と三。
*
割りを書き終えた。
同じ顔が、三月いっぱい並ぶ割りである。




