第117話:歌い手
*バラクのイメージイラストを後書きに追加しました。
「バラク」
「はい」
「今日の割りを、もう一度読んでくれ」
トビアス閣下は顎髭に手をやっておられた。
もう少し身だしなみを気にされればよいのに、と思ってしまう。
各方面を預かる四方将の一人にはとても見えない。良い意味でもあるが。
*
自分は紙を取った。
我ら東部方面の持ち場は十四ある。
数は変わっていない。人だけが減った。
六千人だ。
半月前に西へ回った。集めた一万二千の半を西部方面へ入れる、と決まったからで、その集めた中の半が東部の兵だった。
二万三千が、一万七千になった。
持ち場が十四のままなので、間が広がる。
広がったぶんは、足で埋めるしかない。
*
自分は四年、この東部にいる。
人が減るのは初めてではない。
減ったまま冬を越したことは、ない。
*
斥候が戻ったのは、その日の夕方だった。すぐさま閣下へ報告に行く。
「トビアス閣下。向こうの火が増えております」
「どれほど」
「先月の倍ほどかと」
「数えたか」
「数えさせております。二百七十四から、五百三十まで」
閣下は紙を置かれた。
「よし」
*
それから、こう言われた。
「こちらの火の数は、変えるな」
「先月と同じ数で、でございますか」
「同じ数だ」
*
自分は割りを書き直した。
持ち場は十四。火は先月と同じ数だけ焚く。人は四分の三である。
一人あたりの持ち場が増える。夜の見張りが、二晩に一度から三晩に二度になる。
*
天幕の外で、兵が集まっていた。
火の数の話は、聞こうと思わなくても耳に入る。二百七十四が五百三十になったという話は、こちらが六千減ったという話と一緒に並ぶ。
並べる者がいる。並べれば、誰でも同じことを思う。
そこへ、見張りが増えた。
理由は言われていない。
閣下は外へ出られた。
自分は後ろについた。
*
「火が増えたそうだな」
兵たちは黙って聞いていた。
「増えた火を、俺は数えさせた。二百七十四から五百三十だ」
誰も何も言わない。
「大声で叫んで事態が好転するならば、俺は歌い手を目指していたよ」
誰かが噴き出した。
噴き出したのが一人で済まなかった。
閣下はにやりと笑い、天幕へ戻られた。
*
自分は残った。
相手の火が増えた。こちらの兵は減った。
だが、こちらの火は変わらない。
数えるのはあちらもこちらも同じだ。
*
夜、王城から戻った者が来た。
方面の書付を運ぶ役で、月に二度、王都との間を往復する。
「バラク殿。城の話を聞かれますか」
「面倒事が増えそうだ」
「では独り言を申します」
この男はいつもそうする。
*
「手を挙げよ、と陛下が仰せになったそうです」
「ほう」
「出るべしが五。出ぬべしが三」
「そうか」
「閣下は、出るべしに挙げられたと」
「何?」
*
自分は書付をめくる手を止めなかった。
止めなかったが、次の一枚を二度読んだ。
閣下は、勝てぬ戦をなさる方ではない。
四年見てきた。無理を言われたことが一度もない。
その方が、西へ出るべしに挙げられた。
*
天幕に灯りがついていた。
閣下はまだ起きておられた。
自分は入らなかった。
聞くなら、明日でいい。
明日でよいことを、その日のうちに聞く癖は、この方面では長生きにつながらない。




