↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白王と黒王  作者: ブルースライム
第2章:アイゼンヴァルト王国

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

116/173

第116話:紙を早く

*カタリナのイメージイラストを後書きに追加しました。

 西部方面司令部は、境から馬で二日のところにある。


 着いた日は雪だった。門で名を告げると、使いの者が現れた。


「カタリナ殿ですね」


「はい」


「ナターリエ閣下がお呼びです。先に荷を置いてください、とのことでした」


 荷を置く時間を先に取る司令部は珍しい。


     *


「カタリナ」


 ナターリエ閣下は、卓の向こうで白い手袋を外しておられた。


「参謀本部からよね」


「はい」


「何をしに?」


「紙を早くいたします」


「そう」


「はい」


 閣下は手袋を卓の端に置かれた。


「では、早くしてくださる?」


     *


 紙は、本当に遅れていた。


 六千が入る。受け入れの綴りが、中隊ごとに二十三束ある。


 糧秣の切り替え、宿営の割り振り、馬の飼葉、境の柵の材。どれも別の者が別の様式で出していた。


 私は様式を一つにした。


 三日で追いついた。四日目からは、出す先を並べ替えた。


     *


「早いのね」


 閣下はそれだけ言われた。


 褒められたのか、確かめられたのかは分からなかった。


     *


 この方が何をご存じなのかを、私は初めから考えないことにしていた。


 参謀殿は、私に何も命じておられない。紙を早くせよ、のみだ。


 ほかに何か言われていれば、私はそれを守る。言われていないので、守るものがない。


 何も言われぬことがいちばん重い命令だ、と言う者もいる。


 私はそう取らない。


 取れば、命じられていないことをすることになる。


     *


 閣下は隠されなかった。


 三日目に、境からの報せをそのまま渡された。四日目には、参謀本部へ出す控えも見せられた。


「あなたが書くほうが早いでしょう」


「はい」


「では、書いてくださる?」


 私が書いた。閣下は読まれて、印を押された。


     *


 八日目に、柵の材が足りなくなった。


 境には持ち場が五つある。材は三つ分しかない。


 どこへ回すかを、閣下は即座に決められた。二つは割り当てどおりである。


 残る一つを、閣下は割り当てにない持ち場へ回された。


「そちらは、割り当てにございませんが」


「そう」


 理由は仰せにならなかった。


 二日して、斥候が戻った。回された先の向こうで、冬のあいだ雪で使えなかった道が顔を見せていた。


 閣下は、その報せを読む前に決めておられた。


     *


 十日で、方面はより動くようになった。


 閣下は、文の書ける方である。書けるのに、書かない。人に書かせて、読んで、押す。


 私はその形を、参謀本部で見たことがある。


     *


 十二日目に、便が入った。


 南から回ってきたぶんである。連邦の港へ船が入り、そこから陸で来る。うちに港はないので、外の便はみなこの道を通る。月に二度ある。


 束の中に、一通あった。


     *


 差出人の欄が、空いていた。


 私は束ごと閣下へ持っていった。


 閣下はその一通を先に取られて、開けて、読まれた。


 読み終えるまで、そう長くはなかった。


「綴じておいてくださる?」


「はい」


「外の便の綴りでよろしいわ」


     *


 厚い。縁が硬い。東の紙は、こんなに厚く漉かない。


 私は綴じた。


 閣下は畳んで渡されなかった。綴じるときに、中が見えた。


     *


 三行しかない。


 時候のことと、身体を厭う言葉と、結び。


 誰にでも書ける三行である。


 結びに、名があった。


     *


 ユリィ・ペトレンコ。


     *


 参謀本部で見た名だ。帝国の将の並びに、その名があったことを思い出した。


 敢えて聞いた。


「どなたからでございますか」


 閣下は書き物の手を止められなかった。


「昔の男よ」


 私は、次の問いを持っていなかった。


 持っていないのではない。官の紙に書ける形の問いが、なかった。


     *


 その日の夕方、参謀本部へ出す報せを書いた。


 入った兵の数。糧秣の残り。柵の進み。斥候の回数。


 便のことも書き添えた。


 外の便の綴りに入れてあるので、読みたい者は誰でも読めるが。


     *


 綴りを閉じた。


 厚い紙は、閉じても少し浮いた。

カタリナ

挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。