第110話:ゆえに、よ
名簿を組み直していた。
一万二千である。半を西部方面へ入れ、残りを各方面へ戻す。中隊ごとに束ね直して、行き先を書き替える。
末尾に、別枠を一つ設けた。
回収隊、四十名。
この四十名は、どの方面の名簿にも混ぜられない。管掌が違うからである。だから末尾に、別に書く。
書いていると、順に目が慣れてくる。名の並びが、そのうち文字の並びになる。
なりかけたところで、手が止まった。
*
境から、報せが一枚来ている。
馬が暴れて、乗っていた者が杭の外へ出た。落ちた。動かせなかった。処置した。
名がある。西部方面、オットー。
戻らぬ者が出れば、家に文を送る。
文を書くのはわたしである。
*
夕方、陛下の部屋へ持っていった。
「クラウか」
部屋には誰もいなかった。参謀は西部方面の割り振りに行っている。城の者は皆、兵を戻す支度で走っている。
決めることは、もう何もない。
「置け」
「はい」
陛下は名簿をご覧にならなかった。窓のほうを向いておられた。
この方は、決めたあとにこうなさることがある。
*
「陛下」
「なんだ」
「境の一件の家へは、何と書いて送りましょうか」
「戦死だ」
「戦ではございませんでした」
「戦死だ」
「はい」
*
「例の森の三名にも、そう書いて送りました」
「お前が写したな」
「写しました」
三通である。同じ文で、名と管区だけを変えた。
わたしが書いて、わたしが封をした。
「間違いではございません」
「そうだ」
「ただ、あの三人は」
「起き上がった」
陛下がそう言われた。
わたしは言わずに済んだ。
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「陛下」
「言え」
「隠すのが正しいことは、承知しております」
「うむ」
「知らせれば、混乱いたします。混乱すれば、止まります」
「そうだ」
「ただ、家の者は」
わたしはそこで、言い方を探した。
「理由を知らぬままになります」
陛下は、少し黙っておられた。
*
「ゆえに、よ」
*
わたしは、意味を取りかねた。
「と、申されますと」
「民草四百万に言えばどうなるか。まず、焼け、と言う」
黙って聞いた。
「斥候の申し立てを読んだか」
「読みました」
「西の村の者が、粥を出した。毒は入っておらなんだ」
「はい」
「さすれば焼いたあとで、焼いた者を罰せ、と言うものも出る」
わたしは書き取らなかった。書く紙を持っていなかった。
「同じ結論に、まいるのでしょうか」
「辿り方が違う」
陛下は窓から離れて、卓のほうへ来られた。
「あれらは事象の先に真実を見ているのではない」
その目が黒く光った気がした。
「信じたいものを真実と呼んでいる」
「それは」
「ゆえに伝えぬ。救い難く、御しがたい」
民をあれらと呼ぶ。
コンラート三世という男が、そこにはいた。
言い終えるまで、一度も止まられなかった。
この方は、決めてから話される。
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「昨日の紙に、万歳とあったな」
「ございました」
「白王と呼ばれているな」
「はい」
「なぜ呼ばれているか、言えるか」
「冬の施しかと」
「施せば呼ぶ。そういうものだ」
陛下は名簿の端に指を置かれた。
「では、施せなければどうなる」
揃っていない端ではなかった。わたしが揃えて持ってきたものである。
「ある日を境に、白を黒と呼ぶであろう」
わたしは何も言えなかった。
「そなたたちはそうはならぬ」
褒められたのではない、と分かった。
この方は、人の型から外れたものを数えておられる。数えて、少ないと言っておられる。
「あれらはそうではない」
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「それならば」
*
「陛下」
*
わたしが言った。
陛下は、そこで止められた。
止まってから、わたしを見られた。
止められたことに驚いた顔ではなかった。少し間があった。
「下がれ」
「はい」
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わたしは名簿を置いて、扉のところまで下がった。
「メルダース」
「はい」
「昨日の紙。三行目だ」
「焼くことにつき、異を唱うる者、見あたらず」
「出所を出せ」
「承知いたしました」
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部屋を出た。
廊下で、自分がなぜ止めたのかを考えた。
聞かれてはならないからではない。誰もいなかった。
聞きたくなかったのだと思う。
*
自室に戻って、紙を一枚出した。
命じられていない紙である。
わたしは日付を書いた。それから、いま聞いたことを書いた。
誰に読ませるつもりもない。
*
ただ、書いておけば、いつか誰かが読む。




