第109話:同じ形
扉が鳴った。
叩いた音ではない。押した音である。この城で私に断りなく扉を押すのは一人しかいない。
「兄様」
「テオドラ」
妹は入ってきて、卓の横に立った。片足に重心を乗せて、もう片方の爪先で床を叩いている。十のころから変わらない。
*
編みかけの手袋を出された。
「今年のです」
「まだ編めておらぬではないか」
「指は数えました」
「去年のは」
「櫃にあります」
「知っているのか」
「見ました。三つとも」
妹は編み目のどこかを指で押さえた。気に入らないところがあるらしい。
「使っていませんね」
「使っておらぬ」
「はい」
それで済ませた。
*
人は多数の無能と少数の有能に分類される。
妹は、どちらでもない。
分類できぬものが一つあると、分類そのものが揺れる。
私はそれを二十年ほど脇に置いている。
*
「兄様。西へは出さないとお決めになったと聞きました」
「誰から聞いた」
「みんな言っています」
この城も、みんな、で動いている。
「わたくしは、よかったと思います」
「なぜだ」
妹は綴りを一冊、卓に置いた。書庫のものである。止める者はいない。
「斥候の申し立てが写してあります」
「読んだ」
「西の村の者が、粥を出したと書いてあります」
「書いてある」
「その次の行です」
妹は頁を指した。
「毒は、入っておりませんでした」
*
その行は私が書かせた。
軍務としては、あれで足りている。毒の有無は、二十三日ぶんの数より重い。
「それがどうした」
「粥を出す相手を、焼きに行くのは変です」
妹はそれ以上言わなかった。説明もしなかった。私に説明を求めもしなかった。
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「テオドラ」
「はい」
「私が止めたのは、粥のためではない」
「存じております」
「勝っても何も残らぬからだ。兵が減り、金が減り、取った土地には二十万がいる」
「はい」
「お前の言うこととは、違う」
「同じ形をしています」
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私は妹を見た。
妹は私を見ていなかった。手袋を見ていた。
「兄様」
「なんだ」
「西は、こちらへ来ますか」
「来る材料はない」
「では、こちらから行かなければ、何も起きないのですね」
私は答えなかった。
答えなかったのは、答えを持っていなかったからではない。
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妹は綴りを脇に挟んで、扉のほうへ歩いた。
途中で振り返って、何か言おうとして、やめた。
押して開ける者は、閉めるときは静かにする。
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攻めぬ。向こうも来ぬ。
それだけが続けば、それは戦ではない。
戦でないものに、名を付ける必要はない。
名を付ければ、卓に載る。卓に載れば、賛成と反対が出る。
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私は脇へ寄せた紙を戻した。
王都の触れについて、集めさせたものである。四行しかない。
一、条文を疫病と読む者、多数。
一、西より来たるものと解する者、大半。
一、焼くことにつき、異を唱うる者、見あたらず。
一、北の門にて、西へ発つ列に向かい、万歳の声あり。
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私はその四行目を二度読んだ。
誰も、私が何を決めたかを知らぬ。
知らぬまま、決めたとおりに動いている。
そして三行目は、私がまだ命じていないことである。
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訂正はできぬ。
訂正すれば、本当のことを言うことになる。
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二十万は動かぬかもしれない。
こちらは四百万いる。
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妹は、粥の話をして帰った。
あの話を、あの四百万にしたらどうなるか。
私は考えて、やめた。




