第108話:同じ長さ
三番隊に戻された。
次の命令は来ていない。斥候は待つのが仕事の半分なので、これはいつものことだ。
「ミカ」
同じ班の者に呼ばれた。
「西の話、いつしてくれるんだ」
「しません」
「けちだな」
この頃、隊の者はそればかり聞く。
おれが数しか答えないので、そのうち誰も聞かなくなるはずだ。
*
辻に触れが出ていた。
新しい紙である。糊がまだ湿っていた。
軍務規程 四-八-三。条文が五つ、そのまま写してある。
その下に、出したところの名がある。参謀本部と参謀長。
陛下の名は、どこにも書いていない。
*
三人ほどが読んでいた。読める者が、読めない者に読んでやっていた。
「病名の定まらざる異変、だってさ」
「なんだいそりゃ」
「新しい病だろ。名前がまだ付いてないんだ」
「どこの」
「決まってるだろう」
誰も西とは言わなかった。言わずに、三人とも同じところでうなずいた。
*
王都の下町に、煮売り屋が一軒ある。
ヒルデという婆さんがやっている。五十いくつだが、婆さんと呼ばれても怒らない。
おれは豆を頼んだ。粥もあると言われたが、豆にした。
「あんた、西へ行ったんだろ」
「誰から聞きました」
「みんな言ってるよ」
おれは黙って食った。誰が言っているのかを聞いても、みんな、としか返ってこない。前にもそうだった。
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「どうだったんだい、向こうは」
「畑が二十ありました。井戸は十一です」
「そうじゃなくてさ」
ヒルデは布巾で卓を拭いた。
「病だろ?」
おれは顔を上げなかった。
「油の樽を積んだ荷車が、北の門から出ていったよ。数えたら十九あった。灯りにしちゃ多すぎるよ」
この婆さんも数える。
「焼くんだろ、あれは」
奥の卓の男が口を挟んだ。
「焼いてもらわなきゃ困るよな」
別の誰かも続く。
「こっちまで来たらどうするんだよ」
おれは何も言わなかった。
言えることが一つもない。数なら言えるが。
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「西の連中さ」
その男は荷役である。手の甲が割れている。
「昔はこっちが勝ってたんだ。それがこの頃、押されっぱなしだろう」
「向こうも人が減ってるって聞くよ」
「減ってて押してくるほうが、よっぽど嫌だろうが」
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「陛下は御存じなのかねぇ」
ヒルデが聞いた。
「御存じに決まってるだろう。だから隊をお作りになったんだ」
「そうだねえ」
「陛下は出るおつもりだったんだ。止めたのはどうせ参謀長だろ。金がかかるとか、そういう話をしたに決まってる」
「上のお人は金しか見ないからね」
「そうさ。だが白王様がついてる。心配ないよ」
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おれは豆を食い終わった。
参謀殿の顔を思い出した。
あの方は、おれが二枚しか書かなかったときに、階級の話をした。それから何も言わなかった。
止めたのがあの方かどうかを、おれは知らない。
だが今のところ、違うと言える数のほうが多い。
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外が騒がしくなった。
ヒルデが先に出た。おれは銭を置いてから出た。
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兵が通っていた。
西へ発つ列である。歩兵が四列、それから荷車、それから騎馬。
道の両側に人が出ていた。子供が前に出て、親が肩を掴んでいる。
おれは数え始めた。癖である。人の数、家の数、井戸の数。
三列目まで数えたところで、声が上がった。
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「白王陛下、万歳」
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誰が始めたのかは分からなかった。道の向こう側だったと思う。
二度目で、こちら側も入った。
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三度目で、揃った。
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おれは数えるのをやめた。
やめた後も、まだ聞いていた。
同じ調子だった。同じ長さだった。
列は動いていた。
子供が手を振っていた。振り方まで、隣の子と同じだった。




