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白王と黒王  作者: ブルースライム
第2章:アイゼンヴァルト王国

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105/174

第105話:残す

 誰も答えなかった。


 答える問いではないのだと、途中で分かった。陛下は卓に聞いておられない。


     *


「ライマー」


「はい」


「集めた分は、どうなる」


「戻せるものと、戻せぬものがございます」


 主計監は指を一本立てた。


「人は戻せます。馬も戻せます。麦は冬を越しますと目減りいたしますな。飼葉は、積んだ先で傷みます」


「油は」


「買うたときの値が戻りませぬ。あれは、集めると上がりますでな」


「幾らだ」


「一年の歳入の、二十のうち一つほど」


 わたしは書き取った。


 書き取ってから、額の紙のいちばん下の数を思い出した。三日で出た一枚に、同じ書き方で割合が書いてある。


「まぁ、なんとか許容できる損失ですかのぉ」


     *


「解かぬ」


     *


 陛下が言われた。


「半を西部方面へ入れる。残りは各方面へ戻す」


「西部に、でございますか」


 ホルスト軍監が聞いた。


「攻めぬ。備える」


 卓の向かいで、レンツ軍医が顔を上げた。膝の上の手は、組み直されなかった。


 軍監は、何か言おうとして、口を閉じた。


「西部へ入れる半は、どこの兵を回されます」


 東部方面のトビアス閣下が聞いた。


「集めた中からだ」


「集めた中の半は、東部の兵にございます」


「そうだ」


 トビアス閣下は、それ以上聞かなかった。


「境の柵を厚くせよ。斥候を増やせ。骸は残すな」


「承知いたしました」


 わたしは順に書いた。


 柵。斥候。骸。三つとも、参謀の紙にある語である。上申の七の項に、同じ順で並んでいる。


 出でられたし、の一行だけが抜けている。


     *


「陛下」


 ナターリエ閣下が言われた。


「言え」


「出ぬとお決めになった王を、わたくし、存じませんの」


 卓が静かになった。


「褒めておるのか」


「いいえ」


 白い手袋の指が、卓の縁に置かれた。


「難しいことだと、申し上げております」


     *


「西部方面は、そのままとする」


     *


 誰も何も言わなかった。


 エルヴィーン参謀が、卓の中央を見た。


「陛下」


「言え」


「参謀本部より、西部へ一名を出してよろしゅうございますか」


「何をさせる」


「紙を早くいたします」


「好きにせよ」


 参謀は頭を下げた。下げてから、紙の端を揃えた。


     *


「陛下」


 ホルスト軍監が言った。


「言え」


「西部は、今日から東部と同じ重さにございます」


「そうだ」


 軍監は、そこで止まらなかった。息を吸って、続きを言おうとした。


 卓の端で、ライマー老が口を開いた。


「善哉」


 軍監は口を閉じた。


 壁ぎわで、ブリッツが壁から背を離した。離しただけだった。


 わたしは、いま書いたところを見た。


 ナターリエ閣下の言葉の次の行に、人事が書いてある。


 あいだに一行、入れようとした。


 だが、入れる言葉がなかった。


     *


「陛下! 一つ、よろしゅうございますか」


 イザーク外務長官である。


「言え」


「教会から書状が参りました。西の民の数を、お尋ねでございます」


「答えたか」


「まだにございます」


「後で聞く」


「はっ!」


 外務長官は座り直した。座り直しただけで、それきりだった。


 わたしは書いた。


 書いたが、どの綴りに綴じるものかが分からなかった。西の話ではある。外の話でもある。


「隊はどうなさいます」


 参謀が言った。


「隊」


「回収隊にございます。本隊に随行させるために設けたものにございますので」


     *


「残す」


     *


「油は」


 ライマー老が聞いた。


「積ませておけ」


     *


 散会になった。


 みな出ていった。参謀が先に出て、軍監がその後を追うように出ていった。ナターリエ閣下は最後まで座っておられて、立つときに手袋を直された。


 わたしは紙を揃えて、いちばん後に立った。


 卓に、額の紙が一枚残っていた。上から下まで数字で、間に人の話が一行もない。


 誰も持って帰らなかった。


 わたしは、それも綴じた。

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