第105話:残す
誰も答えなかった。
答える問いではないのだと、途中で分かった。陛下は卓に聞いておられない。
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「ライマー」
「はい」
「集めた分は、どうなる」
「戻せるものと、戻せぬものがございます」
主計監は指を一本立てた。
「人は戻せます。馬も戻せます。麦は冬を越しますと目減りいたしますな。飼葉は、積んだ先で傷みます」
「油は」
「買うたときの値が戻りませぬ。あれは、集めると上がりますでな」
「幾らだ」
「一年の歳入の、二十のうち一つほど」
わたしは書き取った。
書き取ってから、額の紙のいちばん下の数を思い出した。三日で出た一枚に、同じ書き方で割合が書いてある。
「まぁ、なんとか許容できる損失ですかのぉ」
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「解かぬ」
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陛下が言われた。
「半を西部方面へ入れる。残りは各方面へ戻す」
「西部に、でございますか」
ホルスト軍監が聞いた。
「攻めぬ。備える」
卓の向かいで、レンツ軍医が顔を上げた。膝の上の手は、組み直されなかった。
軍監は、何か言おうとして、口を閉じた。
「西部へ入れる半は、どこの兵を回されます」
東部方面のトビアス閣下が聞いた。
「集めた中からだ」
「集めた中の半は、東部の兵にございます」
「そうだ」
トビアス閣下は、それ以上聞かなかった。
「境の柵を厚くせよ。斥候を増やせ。骸は残すな」
「承知いたしました」
わたしは順に書いた。
柵。斥候。骸。三つとも、参謀の紙にある語である。上申の七の項に、同じ順で並んでいる。
出でられたし、の一行だけが抜けている。
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「陛下」
ナターリエ閣下が言われた。
「言え」
「出ぬとお決めになった王を、わたくし、存じませんの」
卓が静かになった。
「褒めておるのか」
「いいえ」
白い手袋の指が、卓の縁に置かれた。
「難しいことだと、申し上げております」
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「西部方面は、そのままとする」
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誰も何も言わなかった。
エルヴィーン参謀が、卓の中央を見た。
「陛下」
「言え」
「参謀本部より、西部へ一名を出してよろしゅうございますか」
「何をさせる」
「紙を早くいたします」
「好きにせよ」
参謀は頭を下げた。下げてから、紙の端を揃えた。
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「陛下」
ホルスト軍監が言った。
「言え」
「西部は、今日から東部と同じ重さにございます」
「そうだ」
軍監は、そこで止まらなかった。息を吸って、続きを言おうとした。
卓の端で、ライマー老が口を開いた。
「善哉」
軍監は口を閉じた。
壁ぎわで、ブリッツが壁から背を離した。離しただけだった。
わたしは、いま書いたところを見た。
ナターリエ閣下の言葉の次の行に、人事が書いてある。
あいだに一行、入れようとした。
だが、入れる言葉がなかった。
*
「陛下! 一つ、よろしゅうございますか」
イザーク外務長官である。
「言え」
「教会から書状が参りました。西の民の数を、お尋ねでございます」
「答えたか」
「まだにございます」
「後で聞く」
「はっ!」
外務長官は座り直した。座り直しただけで、それきりだった。
わたしは書いた。
書いたが、どの綴りに綴じるものかが分からなかった。西の話ではある。外の話でもある。
「隊はどうなさいます」
参謀が言った。
「隊」
「回収隊にございます。本隊に随行させるために設けたものにございますので」
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「残す」
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「油は」
ライマー老が聞いた。
「積ませておけ」
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散会になった。
みな出ていった。参謀が先に出て、軍監がその後を追うように出ていった。ナターリエ閣下は最後まで座っておられて、立つときに手袋を直された。
わたしは紙を揃えて、いちばん後に立った。
卓に、額の紙が一枚残っていた。上から下まで数字で、間に人の話が一行もない。
誰も持って帰らなかった。
わたしは、それも綴じた。




