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白王と黒王  作者: ブルースライム
第2章:アイゼンヴァルト王国

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第104話:何が残る

「ライマー」


「はい」


「なぜ挙げた」


「売り手を替える、と前に申し上げましたな」


「申した」


「替える先が、ございませんでした」


 ライマー老は、卓の向かいへ顔を向けた。


「エルヴィーン参謀殿。あの畑を取りましたとして、耕す者はどちらから出しますかな」


「こちらから出すほかございませぬ」


「その者たちは、向こうで暮らしますな」


「暮らします」


「暮らせば、いずれ死にますなぁ。老いても、病んでも」


 参謀は答えなかった。


 答えないのが答えだった。上申の二の項に書いてある。起き上がる側と、起き上がらぬ側とがある。起き上がる側は西である。


「増えますなぁ。死んだら焼けばよろしいが、油が高く付きます」


 ライマー老はそう言って、手を膝に戻した。


「見合いませぬ」


     *


「ブリッツ」


「うす」


「そこの爺様と同じっすね。行けと言われれば行くつもりでしたけど、なんか割に合わなそうなんで」


 卓のこちら側で、誰かが息を吸う音がした。


 ホルスト軍監が彼の名を呼ぶ前に、ライマー老のほうが先に口を開いた。


「善哉」


「額を見たか」


「いや、見てないっす」


 ブリッツは壁ぎわで肩をすくめた。


「見なくても分かりません?」


     *


「ナターリエ」


「西部は、わたくしの方面でございますので」


 ナターリエ閣下は、白い手袋の指を卓の縁に置かれた。それだけだった。


 理由になっていない。


 わたしは書き取った。書き取れる言葉は、それしかなかった。


「参謀」


 ナターリエ閣下が、卓の向かいへ顔を向けられた。


「馬で一日、と書いてありましたわね」


「書きました」


「どこから、どこまでの一日かしら」


「境の杭から、東の端までにございます」


「東の端」


「同じ月に失ったもののうち、最も遠いところにございます」


 白い手袋の指が、卓の縁から離れた。


「森は」


「森も、同じ月にございます」


 ナターリエ閣下は、それきり言われなかった。


 手が膝の上へ下りて、そこで止まった。


     *


 わたしは書き取った。


 問いが三つ、答えが三つ。並べて読み返して、わたしは筆を止めた。


 一つ、引っかかりがある。


 そこへ戻ろうとした、その時だった。


     *


「攻めぬ」


     *


 卓が動かなくなった。


 息を吸う音も、紙の音もしなかった。スヴェン書記の筆だけが、少し遅れて動いた。


 わたしは、その遅れを聞いていた。


「陛下」


 エルヴィーン参謀が言った。


「言え」


「境は動いております。夏より一月の末までで、馬にて一日ばかり。割れば三年でございます」


「読んだ」


「三年で、王都に届きます」


「それは、お前の紙に書いてある」


「一つ、書かなかったことがございます」


 参謀は、そこで卓の中央を見た。


「一月の末、境の東の森が、起き上がる側へ移りました。あの森は、いまも我が国の内にございます」


 誰も何も言わなかった。


 わたしは筆を止めなかった。止めれば、それも記録になる。


「届いたときに、我が国の民がどうなるかは、書くまでもございませぬ。二十万は、二十万のままこちらへ入ります」


     *


「勝ったとして、何が残る」


     *


 参謀は、すぐに答えた。


「仰せのとおりにございます」


 わたしは顔を上げた。


 この方は、言い返さなかった。土地が取れることも、恒久に倒せることも、一つも言わなかった。


「何も残りませぬ」


 参謀は続けた。


「それでも、出るべきかと存じます」


     *


「焼けば縮むか」


「書かれておりませぬ」


「では、焼いてみねば分からぬな」


「はい」


「待てばどうだ」


「主計監の案が戻ります」


「三日から百日の紙を、二百十日を過ぎた者に当てるか」


「当てられませぬ」


 陛下は、それ以上言われなかった。


 卓の何人かは、いま何が塞がれたのかを分かった顔をしていた。何人かは、していなかった。


 わたしは書き取りながら、どちらが多いかを数えそうになって、やめた。


     *


「陛下」


 ホルスト軍監が言った。


「言え」


「兵は集まっております。集めて出さぬのは、これまでにございませぬ」


「そうだな」


「境の者は、出るものと思うて支度をしております。糧秣も、馬も、油も」


「そうだろうな」


「先王陛下であれば」


「もうよい」


 軍監は口を閉じた。


 この方が先王に触れられるのを好まれないことは、この場の全員が知っている。知っていて、軍監は毎回触れてくる。


 毎回、同じところで止められる。


     *


 東部のトビアス閣下が何か言いかけて、やめた。北部のヘンドリック閣下は、卓の一点を見ていた。


 誰も、陛下の問いに答えなかった。


 勝ったとして、何が残るか。


 わたしは、今日ここで出た数を見返した。日数がある。糧秣がある。荷がある。額がある。戻りの十九日と、そこに積む者の数もある。


「では、どうする」


 陛下が言われた。

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