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白王と黒王  作者: ブルースライム
第2章:アイゼンヴァルト王国

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第103話:それもよい

 卓に地図はなかった。


 代わりに、糧秣の綴りと、道の図と、額の紙が載っている。額は主計監が三日で出したもので、上から下まで数字である。間に人の話が一行もない。


     *


 顔ぶれも席も、前と同じだった。


 ブリッツだけが今日も卓につかず、壁ぎわで腕を組んでいる。軍監がそれを見て、何か言いかけて、やめた。前もそうだった。


 最後に主計監が入ってきた。


 前の議では、名簿に職しか書かなかった。呼び出しは職に出すものだからである。


 今日は名を書いた。


     *


 議は、出る話から始まった。


     *


「速やかに西へ出でられたし」


 エルヴィーン参謀が上申を読み上げた。七の項である。読み上げたのは、そこだけだった。


 あとは日取りと、糧秣と、道の話になった。


「境から王都まで、馬で四日。歩兵を入れて十二日。冬でございますので、十六日と見ております」


 その数は、わたしが出したものではない。額の紙に書いてある。主計監が引き出したのだと、あとで聞いた。


「戻りは十九日」


「なぜ増える」


 東部方面のトビアス閣下が聞いた。


「荷が増えますので」


「何が増える」


「傷を負った者と、死んだ者にございます」


 卓が静かになった。


 誰も聞き返さなかった。聞き返せば、なぜ置いてこられぬのかを言わせることになる。


     *


「七の項だ」


 陛下が言われた。


「はい」


「同じ項に、回収隊を随行せしめよと書いたな」


「書きました」


「隊は、本隊に付いてこられるか」


     *


 参謀は、すぐには答えなかった。


 答えを持っていないのではない。持っていて、それが自分の書いた紙を崩すからである。わたしはこの方が紙の端を揃えるのを三年見ている。今日は、まだ一度も触っていない。


「隊は遅うございます」


 やがて、そう言った。


「油を積み、止まって焼きますので。本隊の三分の二ほどで進みます」


「では、置いていくことになる」


「そうなります」


     *


 そこから、しばらく話が交わった。


 ホルスト軍監が出るべしと言い、東部と北部の司令官が同じことを言った。ライマー老が額の話をし、イザーク外務長官が帝国の話をした。西部方面のナターリエ閣下は、一度だけ短いことを言った。


 わたしは全部書き取った。


 書き取ったが、卓がどちらへ傾いているのかは分からなかった。


 強く言った者と、言いかけてやめた者がいる。一度だけ言って黙った者と、最後まで何も言わなかった者がいる。それを紙にすると、全部が同じ重さになる。


     *


「手を挙げよ」


 陛下が言われた。


     *


 わたしは筆を止めた。


     *


 この方が卓に意を問われたことは、ある。


 前の議で、五つのうちどれが厄介かとお聞きになった。あのときは口で答えさせて、数はわたしが数えた。東が九名、北東が三名、西が一名。南と答えた者はいなかった。


 今日は違う。


 厄介かどうかではない。出るか、出ぬかである。決めることを、手で示せと仰せになっている。


 迷っておられるのだ、とわたしは思った。


 思って、すぐに違うと思った。


 この方は、そうではない。


     *


「出るべしと思う者」


     *


 参謀が挙げた。ホルスト軍監が挙げた。北部のヘンドリック閣下、南部のフンベルト閣下。最後に東部のトビアス閣下。


 五つである。


「出ぬべしと思う者」


     *


 ライマー老の手が、膝から上がった。


 壁ぎわで、ブリッツが挙げた。腕を解いてから挙げたので、少し遅れた。


 そして、西部方面のナターリエ閣下が挙げた。


 三つである。


     *


 わたしは書き取った。


 書き取ってから、この三人が並ぶのを見たことがない、と思った。


     *


 二つ、残っていた。


 イザーク外務長官と、軍医である。どちらも挙げていない。


「イザーク」


「はい!」


「どちらだ」


「私の意思は、陛下の御意思と同じにございます!」


 悪びれもしなかった。


 陛下はまだ何も仰せになっていない。ゆえにこの男は、何も答えていない。


     *


「レンツ」


「はい」


「どちらだ」


     *


 軍医は立たなかった。座ったまま、卓に目を落としている。


 わたしはその手を見ていた。膝の上で組んでいる。組み直した。もう一度、組み直した。


 スヴェン書記の筆の音が、していなかった。書き取ってよいのかを決めかねているのだと思った。


     *


 長かった。


     *


「……選べませぬ」


 やっと、そう言った。


     *


「それもよい」


 陛下はそう言われた。


 イザーク外務長官のほうを見ずに言われたので、どちらに向けられたものかは分からなかった。


     *


 わたしは書き取った。


 出るべし、五。出ぬべし、三。


 そのあとに、二人の名を書いた。


 書いてから、陛下がまだ何も仰せになっていないことに気づいた。

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