第103話:それもよい
卓に地図はなかった。
代わりに、糧秣の綴りと、道の図と、額の紙が載っている。額は主計監が三日で出したもので、上から下まで数字である。間に人の話が一行もない。
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顔ぶれも席も、前と同じだった。
ブリッツだけが今日も卓につかず、壁ぎわで腕を組んでいる。軍監がそれを見て、何か言いかけて、やめた。前もそうだった。
最後に主計監が入ってきた。
前の議では、名簿に職しか書かなかった。呼び出しは職に出すものだからである。
今日は名を書いた。
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議は、出る話から始まった。
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「速やかに西へ出でられたし」
エルヴィーン参謀が上申を読み上げた。七の項である。読み上げたのは、そこだけだった。
あとは日取りと、糧秣と、道の話になった。
「境から王都まで、馬で四日。歩兵を入れて十二日。冬でございますので、十六日と見ております」
その数は、わたしが出したものではない。額の紙に書いてある。主計監が引き出したのだと、あとで聞いた。
「戻りは十九日」
「なぜ増える」
東部方面のトビアス閣下が聞いた。
「荷が増えますので」
「何が増える」
「傷を負った者と、死んだ者にございます」
卓が静かになった。
誰も聞き返さなかった。聞き返せば、なぜ置いてこられぬのかを言わせることになる。
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「七の項だ」
陛下が言われた。
「はい」
「同じ項に、回収隊を随行せしめよと書いたな」
「書きました」
「隊は、本隊に付いてこられるか」
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参謀は、すぐには答えなかった。
答えを持っていないのではない。持っていて、それが自分の書いた紙を崩すからである。わたしはこの方が紙の端を揃えるのを三年見ている。今日は、まだ一度も触っていない。
「隊は遅うございます」
やがて、そう言った。
「油を積み、止まって焼きますので。本隊の三分の二ほどで進みます」
「では、置いていくことになる」
「そうなります」
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そこから、しばらく話が交わった。
ホルスト軍監が出るべしと言い、東部と北部の司令官が同じことを言った。ライマー老が額の話をし、イザーク外務長官が帝国の話をした。西部方面のナターリエ閣下は、一度だけ短いことを言った。
わたしは全部書き取った。
書き取ったが、卓がどちらへ傾いているのかは分からなかった。
強く言った者と、言いかけてやめた者がいる。一度だけ言って黙った者と、最後まで何も言わなかった者がいる。それを紙にすると、全部が同じ重さになる。
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「手を挙げよ」
陛下が言われた。
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わたしは筆を止めた。
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この方が卓に意を問われたことは、ある。
前の議で、五つのうちどれが厄介かとお聞きになった。あのときは口で答えさせて、数はわたしが数えた。東が九名、北東が三名、西が一名。南と答えた者はいなかった。
今日は違う。
厄介かどうかではない。出るか、出ぬかである。決めることを、手で示せと仰せになっている。
迷っておられるのだ、とわたしは思った。
思って、すぐに違うと思った。
この方は、そうではない。
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「出るべしと思う者」
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参謀が挙げた。ホルスト軍監が挙げた。北部のヘンドリック閣下、南部のフンベルト閣下。最後に東部のトビアス閣下。
五つである。
「出ぬべしと思う者」
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ライマー老の手が、膝から上がった。
壁ぎわで、ブリッツが挙げた。腕を解いてから挙げたので、少し遅れた。
そして、西部方面のナターリエ閣下が挙げた。
三つである。
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わたしは書き取った。
書き取ってから、この三人が並ぶのを見たことがない、と思った。
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二つ、残っていた。
イザーク外務長官と、軍医である。どちらも挙げていない。
「イザーク」
「はい!」
「どちらだ」
「私の意思は、陛下の御意思と同じにございます!」
悪びれもしなかった。
陛下はまだ何も仰せになっていない。ゆえにこの男は、何も答えていない。
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「レンツ」
「はい」
「どちらだ」
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軍医は立たなかった。座ったまま、卓に目を落としている。
わたしはその手を見ていた。膝の上で組んでいる。組み直した。もう一度、組み直した。
スヴェン書記の筆の音が、していなかった。書き取ってよいのかを決めかねているのだと思った。
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長かった。
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「……選べませぬ」
やっと、そう言った。
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「それもよい」
陛下はそう言われた。
イザーク外務長官のほうを見ずに言われたので、どちらに向けられたものかは分からなかった。
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わたしは書き取った。
出るべし、五。出ぬべし、三。
そのあとに、二人の名を書いた。
書いてから、陛下がまだ何も仰せになっていないことに気づいた。




