第91話
本作は情景や心理描写を丁寧に描いているため、長めの文章構成になっています。
お忙しい方は、会話文「 」、キャラクター名、心の声( )を中心に追っていただくだけでも、テンポよくストーリーをお楽しみいただけます。
ヘラ様はそっと両手を頭の後ろへと回されました。
そして、それまでお顔を優雅に縁取っていた美しく下げられていた髪を後ろへ束ねます。
その隠されていた、あまりにも見慣れた「正妻としての気高きお顔」をゼウス様の目の前へ露わにされたのです。
「おおっ! なんと美しきか……お………………へ、へっ……」
ヘラ様を口説き落とそうと、鼻の下を限界まで伸ばしてニヤニヤと笑っていたゼウス様の表情が、その刹那、彫刻のように凍りつきました。
次の瞬間、心地よく回っていたゼウス様の酔いは、頭のてっぺんから冷や水をかけられたかの如く、文字通り一瞬にして完全に吹き飛びました。
その顔色はさっきまでの健康的な赤みを失い、青を通り越して一気に不気味な土色へと変貌を遂げます。
「ガチガチガチガチガチガチ……っ!!!」
恐怖のあまり全身の筋肉が拒絶反応を起こし、ゼウス様の顎はまるで壊れたおもちゃのように激しくガチガチと音を立てて震え始めました。
蛇に睨まれた蛙の如く、目の前の「美女(我が妻ヘラ)」から視線を逸らすことすらできず、ただ恐怖に身を硬くして立ち尽くすしかありません。
「ほれ、我が夫よ。妾の名を知りたがっていたが……これで正しく、答えられるであろう?」
ヘラ様はドレスの裾を優雅に揺らしながら、瞳に氷点下の冷徹な光を宿し、ガタガタと震える夫の顔を至近距離から静かに覗き込みました。
その背後から立ち上る青白いプラズマの神聖な怒りは、今やリビング全体の重力を歪めるほどの質量(ボルト数)へと跳ね上がっています。
「(ひ、ひぃえぇぇぇえーーーーっ!!!
つ、ついに正体が、完璧にバレてしまいましたわ素戔嗚様ぁぁぁーーーっ!!!)」
すぐ横にいたアリアドネは、ゼウス様の顔が土色になっていく恐怖の変貌ぶりに、素戔嗚尊様の袖へ必死にしがみついてガタガタと怯え惑っています。
「ふはははは! 見事じゃ! まこと素晴らしい引き金じゃなヘラ様!
さあギリシャの主神よ!、早くその口で正妻の名を呼んでみせよ!」
「ふふ、言質も城の約束も完璧に取られた上でのこの正体露わ……。
これぞまさに、悪の根源を断つ至高の戦略じゃな。
ヘラ様、あやつに最大のお灸を据えてやるが良いわ」
イザナミ様も楽しそうに笑みを揺らしていらっしゃいました。
ところが、ヘラ様は深く、冷ややかな溜息をひとつ漏らすと、束ねた髪のままゼウス様から静かに視線を外されました。
「ふう……興醒めじゃ。イザナミ様やアリアドネが三行半を突きつけた気持ちが、ようわかるわ」
アフロディーテ様を超える美しさを見せつけられ、歯をガチガチと鳴らして土色になっている夫を見つめるその瞳には、もはや怒りを通り越した深い呆れと冷徹さが満ちています。
「それに、このような美しき部屋で雷を放ち、この男の汚れで汚すわけにはいかないからのう。
……さて、我が夫よ。
妾のために城を建てると申したな。
それはいつまでに履行するのじゃ?」
「へっ……あ、あ、明日には、明日にはオリュンポスの名工を集めて……っ!」
ゼウス様がガタガタと震えながら必死に弁明するのを、ヘラ様は冷たい眼差しで一蹴します。
「そして……本当に、三行半を突きつけようかのう……。
あまりの情けなさに、妾が泣きそうじゃわい……」
エレガントな佇まいは一切崩さないヘラ様。
しかし、浮気を繰り返しては全く成長しない全能の神のあまりの情けなさに、王妃としての深い孤独と哀しみが、その美しい呟きの中に微かに滲んでいました。
(ヘ、ヘラ様…… お怒りになるよりも、本当に呆れ果てて哀しんでいらっしゃいますわ……)
すぐ横で見守るアリアドネは、ヘラ様のその凛とした、だけど切ないお言葉に胸を打たれ寄り添います。
「うむ……。ヘラ様の言う通りじゃな。
浮気をするおのこは数あれど、ここまで魂の器が薄っぺらい男であったとはのう。
妾も少々興が削がれてしまったわ」
天照大御神様が呆れ顔でゼウス様を見下ろします。
「ふふ、まこと、男の愚かさの底が見えてしまうと、怒る気すら失せるというものじゃ。」
イザナミお姉様もヘラ様を労っております。
完璧な言質を取られ、雷を落とされるよりも恐ろしい危機に直面し、七里ヶ浜のリビングで完全に小さくなっている全能のゼウス様。
「我が夫よ、そう呼ぶのは最後やもしれぬゆえ心して答えるがよい。
妾に妻でいて欲しいかえ? それとも自由にしてやろうか?」
ヘラ様が、氷の彫刻のように冷徹で、かつ圧倒的に気高い佇まいのまま、ガタガタと震えるゼウス様を静かに見下ろしました。
その瞳には、かつての狂気的な嫉妬の炎など微塵もなく、ただただ夫の魂の軽さに呆れ果てた、底知れぬ静寂が満ちています。
究極の二者択一。
「正妻でいて欲しい」と請うならば、先ほど約束した城の履行はもちろん、これまでのすべての不埒な悪癖を完膚なきまでに叩き直される凄絶な日々が待っている。
しかし、もし「自由にしてやろうか」という言葉に甘んじるならば、それはオリュンポスの王妃としてのヘラ様を永遠に失うことを意味していました。
「ひ、ひぃえぇぇぇ……っ!
つ、ついに、最後の宣告が下されてしまいましたわっ!!」
すぐ横で見守るアリアドネは、ヘラ様から放たれる「本物の女王の威厳」の前に、その重苦しい空気を固唾を呑んで見守っています。
かつて自分がテセウスに突きつけた「どちら様ですか?」の赦しとは全く異なる、大人の女性としての突き放しに、心からの敬意と畏怖を抱いていました。
「うむ……。ヘラ様、まこと胸に刺さる見事な問いかけじゃ。
好色親父よ、最高神のプライドがほんの僅かでも残っておるのなら、今すぐ腹を括って答えよ!」
天照大御神様が一柱の主神としての真剣な眼光でゼウス様を鋭く見据えます。
「これぞまさに、永きにわたる男の身勝手への本当の審判じゃな。
ゼウス様、そなたがどちらを選ぼうとも、黄泉の理と結びの神たる妾が、その行く末を固定して進ぜよう」
イザナミ様も妖艶な笑みの奥に冷徹な神威を宿しながら、杯を静かに卓へと置かれました。
いつもご愛読いただき有難う御座います。
正体を現したヘラ様を前に、顔面土色で顎をガチガチ鳴らして完全フリーズしたゼウス様。「妻でいて欲しいか、自由にしてやろうか」という二択を突きつけられてます。
「城の建築ノルマ確定で完全に詰んでて草」、「最高神の威厳なんてドブに捨てた方がいいですよ?」と思った方は【評価(★)、ブックマーク登録】をお願いします。




