第90話
本作は情景や心理描写を丁寧に描いているため、長めの文章構成になっています。
お忙しい方は、会話文「 」、キャラクター名、心の声( )を中心に追っていただくだけでも、テンポよくストーリーをお楽しみいただけます。
「ギリシャと日の本で同盟しよう!そして天照大神様の元に我はいつでも参ろう!
イザナミ様、黄泉の静かな御殿はあるのか? そこで我を迎えるが良い!」
お酒が回りに回ったゼウス様は、両手に花どころか四方に花の天国にすっかり正気を失い、鼻の下を伸ばしながらこれでもかと不埒な証拠(暴言)を積み上げていきます。
そして、作戦の台本通りに天照大神様とイザナミ様が「お酒のおかわりを……」と少々席を外した、まさにその瞬間でした。
今までテーブルを挟んでお預けを食らっていた「アフロディーテ様超えの謎の美女」の元へ、ゼウス様は欲望を爆発させて猛烈な勢いで傾れ込みました。
「そっ、そなた名はなんと申す?!
日の本にまさか、そなたのような美しき女神がいたとはな!
どうじゃ! 我とギリシャに来ぬか?!
終生そなたを愛でてしんぜよう!」
完全に自爆のカウントダウンを完了させる完璧な決定打となる証拠。
しかし、究極の美神へと変貌したヘラ様は、瞳に冷徹な光を宿したまま、ふっと艶やかな微笑みを浮かべました。
「ふむ。妾をギリシャへ連れて行ってくれるのかえ?
それは魅力的な提案じゃのう。
して、ギリシャの地で妾と『何を』したいのじゃ?」
さすがは神話の時代から浮気夫の裏を掻き続けてきた正妻ヘラ様。
妖艶な笑みで夫を誘導します。
罠の底へと優しく、しかし確実に引きずり込んでいくその問いかけに、すぐ近くでお酌のフリをして見守るアリアドネは、あまりの緊迫感に心臓をバクバクさせて冷や汗を流していました。
一方、物陰からリビングを覗き見ている天照大神様とイザナミ様。
「クックック……! 言うた、あの好色親父、ついに言いおったわ!」
「ふふ、ヘラ様のあの素晴らしい搦め手……まこと見物じゃのう」
イザナミ様、天照大神様は、服の袖で口元を必死に押さえ、笑いを堪えるのが精一杯の様子で肩を激しく震わせていました。
何も知らず、目の前の美女(我が妻)が自分の言葉に蕩けていると完全に勘違いしたゼウス様。
「ふむ。ではそなた、我が夫となってくれるのじゃな?」
ヘラ様は、底知れぬ静けさを湛えた笑みを浮かべ、さらに甘く問いかけます。
「もちろんだとも! そなたは今から我が妃じゃ!
予のすべてをかけて、そなたを世界一の幸せ者にしてみせよう!」
ゼウス様は胸を張り、完全に有頂天になって力強く言い放ちました。
ついに自爆の底なし沼へと両足で飛び込んだ瞬間です。
それを見届けたヘラ様は、ニヤリと微笑み瞳の奥に宿る冷徹な光をさらに鋭く尖らせました。
「はて、おかしいのう? 妾は随分前より、そなたの妃であったはずじゃが……」
「そっ、そうなのか?」
ゼウス様は一瞬、お酒の回った頭で「ん?」と首を傾げました。
「そうであったか……。
だが、そなたのような絶世の美女を、予が忘れるはずないと思うのだがのう。
日の本で出会う前から、わしの妃であったと……?」
ゼウス様がニヤニヤとした不埒な笑みを浮かべたまま、不思議そうに言葉を返したその刹那。
パキパキパキ……!!!
リビングの楽しげだった空気に、一瞬にして凍りつくような恐ろしい亀裂が、激しく入り込んでいきました。
ヘラ様の身体から、現世の洗練された美しさの奥に隠されていた、オリュンポスの正妻としての、そして「神聖なる怒り」の圧倒的な神気が、一切の容赦なくジワジワと室内に溢れ出し始めます。
「(ひ、ひぃえぇぇぇえーーーーっ!!! 恐ろしいですわ!
空気が! リビングのガラスが割れそうですわーーーっ!!!)」
すぐ横でお酌をしていたアリアドネは、その急変した絶対的な怒りの質量の前に、腰を抜かさんばかりに冷や汗を流して震え上がっています。
物陰で笑いを堪えていた天照大神様とイザナミ様も、
「(おおっ、いよいよヘラ殿の本気の怒りのボルト数が上がってきたぞよ……っ!)」
と、息を呑んでその破滅の秒読みを見つめていました。
(はあーっ……やれやれ……我が夫ながらここまでの阿呆とはのう。
今まで、現世の不埒な女どもが夫を誘惑しておったと思っておったが……
どうやら全く違ったようじゃ……。
まこと、女どもに可哀想なことをしてきたのじゃな)
ヘラ様は長い溜息を漏らし、美しいお顔を少しだけ伏せられました。
しかし、ヘラ様の背後の空間だけが、バチバチと青白いプラズマの帯を放ち、凄まじい神聖な怒りの質量によってぐにゃりと歪み始めています。
「そうじゃのう。諸悪の根源、すべての悪の根源はこの男だったのだと、今こそ妾も確信したわい」
物陰から天照大御神様とイザナミ様がスッと姿を現しました。
かつてイザナギパパを完全にハメ倒した時の冷徹な美しさを輝かせ、妖艶な笑みでヘラ様に同調します。
しかし、すっかり泥酔しているゼウス様は、未だに目の前の「アフロディーテ超えの謎の美女」が誰であるかに気づいていません。
「そなた……何をそんなに怒っておるのだ?
わしが何か不埒なことをしたのか?
ほら、そんな怖い顔をせず、機嫌を治しておくれ。
今度そなたのために、世界一美しい城を建ててやろう」
鼻の下を伸ばしたまま、あろうことか「お詫びの城(貢ぎ物)」をチラつかせてさらに機嫌を取ろうとするゼウス様。
まさに自分の首を絞める自爆の決定打です。
「ほう、城を。それは頼もしい。……言質はとりましたぞ?」
ヘラ様はこの世の終わりを告げる最高に冷徹な微笑みを浮かべ、逃がさぬよう夫の言葉をガッチリとホールドしました。
「(ひ、ひぃえぇぇぇえーーーーっ!!!
ぜ、ゼウス様、ご愁傷様ですわーーーっ!!!
ご自分で退路を完全に断ってしまいましたわーーーっ!!!)」
横でお酌をしていたアリアドネは、ヘラ様の背後で弾けるプラズマの恐怖の前に、素戔嗚尊様の背後にスライディングするように隠れてブルブルと怯え惑っています。
「あーー……これで城一棟確定だな。『恐怖の挟み撃ち』だぜ…」
素戔嗚尊様が苦笑いを浮かべ、いつでもお灸の雷を受け止められるように身構えていました。
「そなた…本当にまだ気づかぬのか? ほれ、これならどうじゃ?」
いつもご愛読いただき有難う御座います。
本妻を前に全力で口説き散らかし、貢ぎ物の城まで約束して完璧に自爆したゼウス様。すべての元凶が夫にあると確信したヘラ様の公開処刑がいよいよ幕を開けます。
「城を貢ぐ約束の自滅っぷりは草」、「スサノオ様の背中に即避難するアリアドネちゃんブレないな」と思った方は【評価(★)、ブックマーク登録】をお願いします。




