第89話
本作は情景や心理描写を丁寧に描いているため、長めの文章構成になっています。
お忙しい方は、会話文「 」、キャラクター名、心の声( )を中心に追っていただくだけでも、テンポよくストーリーをお楽しみいただけます。
「おっ! そろそろ到着しますぞ! 良いなヘラ様! 平常心ですぞ!」
七里ヶ浜の邸宅のリビングでは、天照大御神様が白いワンピースの裾をパタパタと揺らしながら、窓の外の道路を見つめて威勢よく声を張り上げました。
「ふふっ、分かっておりますわ! アマテラス様」
現世の洗練を極めたドレスとコスで「超・美神」へと変貌を遂げたヘラ様。
彼女は鏡に映る我が身を見つめ、その瞳にどこまでも冷徹な笑みを宿して答えました。
「私、イザナミ様が元夫のイザナギ様に突きつけた三行半、
そしてアリアドネがテセウスに突きつけた三行半(どちら様ですか?)
のお話を聞いて、かつてないほど爽快な気分ですのよ?
何よりも、このように妾をこれ以上なく美しく仕上げてくださり……言葉も出ませんわ!」
そう、ハデス様からの事前の売却通信だけでなく、イザナミ様とアリアドネという「男たちの身勝手な不埒を完璧に跳ね返してきた日の本とギリシャの偉大なる先輩方」
その歴史に触れたことで、ヘラ様のボルテージは今や、嫉妬の怒りよりも「至高のエンターテインメント(お仕置き)」へと昇華されていたのです。
「ふふっ。では、我々はあくまでヘラ様の引き立て役。
そして、あの好色な最高神がヘラ様(別人)の美しさに目を眩ませて全力で口説きにかかったその瞬間!
『あなた、何をしてますの?』
とクールに決められる台本で、良いのじゃな? クックック……」
漆黒のワンピースを優雅に揺らしたイザナミ様が、日本酒の杯を傾けながら、妖艶な笑みを浮かべて作戦の最終確認を行います。
「イザナギに三行半を突きつけた時の爽快感が、まるで昨日のことのようじゃわい。
まこと、男の愚かさは神代より変わらぬのう」
「完璧なシナリオですわ、お姉様! わたくしも、テセウス様に『どちら様ですか?』
と申し上げた時のあの強い意志を胸に、ヘラ様の後ろで完璧な引き立て役を演じてみせますわ!」
アリアドネも最高にチャーミングで不敵な笑顔を弾けさせています。
ブォォォン……!
その時、邸宅の庭へ、素戔嗚尊様が運転する車が滑らかに滑り込んできました。
後部座席では、コニャックをすっかり飲み干して
「フハハハ! 待っておれよ、麗しき日の本の女神たちよ!」
と鼻の下を限界まで伸ばした全能のゼウス様がドアから出ようとしています。
何も知らずにハッピーな脳内でリビングの扉を開けようとしているゼウス様。
目の前で「アフロディーテ様超えの謎の美女(正妻)」をセンターに据えて、冷徹な笑顔で待ち構える四柱の絶世の美女軍団。
もはや逃げ場はありません!
「おおっ! なんと美しい! まるでエーゲ海のようじゃ!」
ゼウス様は庭から一望できる相模湾のきらめく景観に、思わず深く息を呑んでいました。
しかし、本番はこれからです。
いよいよ待ち焦がれた日の本の絶世の美女たちに会うことができるのだと、ギラついた瞳を輝かせます。
素戔嗚尊様に招かれ、いよいよ邸宅の広い玄関へ。
すると、服を可愛らしく整えたアリアドネが、極上の笑顔で出迎えました。
「いらっしゃいませ! ゼウス様!」
「おうおうおう! なんと可愛らしい! そなたがアリアドネか?
テセウスを手酷く袖にしながらも、あそこまで鍛え上げたという話は聞いておるぞ?!
それにしても… これほどまでの美女だとは……
どうじゃ! わしの妃にならぬか!」
玄関先でさっそく鼻の下を限界まで伸ばし、恐るべき速度で一回目のナンパ(不埒な証拠)をキメるゼウス様。
背後の素戔嗚尊様は「(はー…地獄への片道切符とも知らずに…)」と心の中で静かにゼウス様に同情しております。
アリアドネちゃんは悪戯っぽく瞳を瞬かせながら、台本通りに控えめに微笑みます。
「私など、恐れ多すぎますわ……。
さあ、それよりも、どうぞこちらへ!」
アリアドネに導かれるままに、開放的なリビングへ。
そこには、千里眼で見た通りの、サザエの網焼きやタコのオリーブオイルがけといった素晴らしい料理と極上の酒が並んでいました。
そして、一目でそれと分かる、白いワンピースをまとい、まばゆい日輪の神気を放つ絶世の美女――
天照大神様。
さらにその奥には、漆黒のワンピースを揺らし、黄泉の深みを湛えたこれまた妖艶なる美女――
イザナミ様が座していらっしゃいます。
そして何よりも、彼女たちの中心に凛として座る美女がゼウス様の目を完全に釘付けにします。
恐ろしいほどにキレがあり、あのアフロディーテ様すらも一瞬で霞んで見えるほどの現世の洗練を極めた謎の超絶美女(プロデュースされたヘラ様)です。
(な、なんなのだあの美女は……!
あのような至高の美神が、この日の本の地に隠されていたというのか……!
わしのセンサーが、かつてないほど激しく鳴り響いておるぞ……!!)
そのセンサーは最大級の警戒信号のはずでしたが、今のゼウス様にはその警戒信号は胸の高鳴りにしか感じられませんでした。
ゼウス様がその美女に魂を奪われて完全にデレデレになっていると、天照大神様が、最高神としての礼儀をもって、穏やかに挨拶を切り出しました。
「ゼウス様とお見受けする。
妾こそが日の本の主、天照大神である。
はるばるようこそお越しくださった。
さあ……旅の話など、妾たちにお聞かせたも」
「フ、フハハハ!
天照大神よ、お初にお目にかかる!
私をこれほど見事にもてなしてくださるとは…
まこと礼を申すぞ!」
自分の両隣に座る天照大神様、イザナミ様、お酌をするアリアドネの3人の美女。
そして目の前に座る「アフロディーテ超えの謎の美女」
ゼウス様は天国のような鮮烈なパラダイムシフトに完全に有頂天になってしまいました。
そのおかげで二日酔いの頭痛、新幹線で感じた恐怖、それらをすべてを置き去りにしてしまいました。
ゼウス様はすっかり上機嫌で、アテナイでのテセウスの一夜城の戦いぶりや、自分の偉大な神話の功績(武勇伝)を、鼻の下を伸ばしながらこれでもかと熱く語り始めました。
いつもご愛読いただき有難う御座います。
七里ヶ浜へ到着するや否や玄関でアリアドネを即ナンパし、リビングの「謎の超絶美女(正妻)」に魂を奪われて上機嫌で武勇伝を語り出すゼウス様。美女カルテットによる破滅の包囲網が完成しているとも知らず、自ら退路を断っていく全能神の命運やいかに。
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