第9話
本作は情景や心理描写を丁寧に描いているため、長めの文章構成になっています。
お忙しい方は、会話文「 」、キャラクター名、心の声( )を中心に追っていただくだけでも、テンポよくストーリーをお楽しみいただけます。
「さあさあ! 皆様方のお気持ちはよーくわかりました! ここは私に任せてください!」
彼女はプロフェッショナルな輝きを瞳に宿し、三柱の女神たちを優しく見渡します。
「お三方の、それぞれの美しさを最高に引き出すお洋服をご用意いたしますわ!」
そう自信たっぷりに宣言すると、天棚機姫神様は極上の生地やドレスが並ぶ、お店の奥の間へとプロデュースの準備のためにしばしの間、姿を消していきました。
残された広いフィッティングルームには、心地よい音楽が流れ、これから始まるお着替えへの期待で、アリアドネの胸はトクントクンと小さく高鳴り始めていました。
大きな三面鏡に映し出された、現世の魔法をまとう自らの姿……。
それを目にした瞬間、フィッティングルームの空気は一変し、三人はそれぞれの言葉で驚きを口にしました。
天照大御神様は、自身の眩い光を表現した純白のドレスに身を包んだ我が身を見つめ、いつもの威厳を忘れたかのように目を見開きました。
「まっ……まじか!?」
天照大神様がまとったのは、神々しい光を乱反射する極上のサテン生地で仕立てられた純白のドレス。
鏡に映るその姿は、主神たるにふさわしい、あまりにも完璧な神聖さを放っています。
その隣で、長きにわたる黄泉の国の闇からイザナミ様が解き放たれます。
イザナミ様のドレスは光を吸い込むような深い漆黒のベルベット素材で、そのマーメイドラインが大母神の妖艶な曲線美をこれ以上ないほどエレガントに描き出しています。
イザナミ様は、信じられないというように、そっと自らの胸元に手を当てて呟かれました。
「こっ……これが妾か!?」
何千年も暗闇に縛られていた大母神としての姿ではなく、すべての生を生み落とした頃の瑞々しい気品が、そこには確かに蘇っていました。
そして、自身の瞳に合わせたブリリアントブルーのドレスに身を包んだアリアドネは、鏡に映る自分自身の姿と視線が合った瞬間、完全に言葉を失って目をくるくると丸くしていました。
「えっ……わっ、私が写って……いや、これ、私……ですか!?」
エーゲ海をそのまま切り取ったかのようなブリリアントブルー。
動くたびに幾重にも重なる最高級のシルクフォンがふわりと揺れ、胸元にあしらわれた繊細な星屑のビシューが彼女の透明感あふれる白い肌を一層引き立てています。
ナクソス島に置き去りにされ、すべてを失って死を待つだけだったはずの惨めな自分。
その面影はどこにもなく、鏡の中にいたのは、異国の神々の祝福を受け、これまでにないほど高貴に輝く美しい王女の姿でした。
三者三様の言葉で、自らの変身に驚きを隠せない彼女たち。
そのあまりの美しさと神々しさの競演を前に、カーテンの陰で見守っていた素戔嗚尊様は、完全に圧倒されて声を失い、ただただ呆然と立ち尽くすばかりでした。
あまりの美しさにしばらく言葉を失っていた素戔嗚尊様でしたが、ようやく我に返ると、緊張の解けた顔で嬉しそうに白い歯を見せました。
「ほら、姉貴。コーディネート大成功だなっ!」
素戔嗚尊様は、ポケットに手をかけながら、三面鏡の前でまだ目を丸くしている3人の女神たちを見渡しました。
その声には、アリアドネやイザナミ様が自らの美しさに気づき、喜んでくれたことへの、心からの安堵と誇らしさが満ち溢れています。
天棚機姫神様も、自らの見事な仕事ぶりに「ええ、本当に素晴らしいわ」と満足そうに深く頷いておられました。
鏡に映るブリリアントブルーの自分を見つめるアリアドネの胸には、先ほどまでの困惑に代わり、温かい高揚感がじわりと広がっていきます。
鏡に映る純白の自らの姿に、天照大御神様はしばらく我を忘れて見惚れていましたが、素戔嗚尊様が声をかけた途端、ハッと我に返り、なぜか再び弟へと詰め寄りました。
「こんなに美しい妾なんて、生まれて初めてじゃ… くっ! ちょっと!素戔!! なんで今まで教えてくれなかったのじゃ?!」
ドレスの裾をひるがえし、感情の赴くままに素戔嗚尊様の胸ぐらを掴まんばかりの勢いです。
「今度、奇稲田ちゃんに会わせなさい! どんだけ奇稲田姫ちゃんのこと、甘やかせておるのじゃっ!」
こんな素晴らしい世界(現代の銀座のブティック)を自分に黙って、最愛の妻とばかり共有していたに違いないと確信した天照大御神様の猛烈な追及。
せっかく完璧に決めたエスコートを台無しにされ、さすがの素戔嗚尊様も、眉を八の字に下げて、今にも泣きそうな顔で頭を抱えました。
「もう勘弁してくれよー! だから、教えてあげたじゃねえかー! 地上を見ろって、遊びにこいって、ちゃんと前にも言っただろー!?」
巨躯を縮こまらせて必死に弁明する弟と、ぷんぷんと怒りながらもどこか嬉しそうな姉神。
アリアドネは、そのまたしても始まった賑やかなやり取りに、今度は驚くこともなく、本当に楽しそうに声を立ててクスリと笑いました。
漆黒のドレスをまとったイザナミ様も、弟のそんな情けない姿が愛おしいのか、優しく微笑みながら二人の騒ぎを見守っています。
天棚機姫神様への支払いを済ませ、四人はいよいよ銀座の華やかな通りへと一歩を踏み出そうとしました。
しかしその時、天棚機姫神様が「あ、ちょっと待って」と、楽しそうに人差し指を立てて三人を呼び止めました。
今の三人がまとう姿は、それぞれの本質的な神聖さを極限まで引き出された、まさに奇跡の結晶です。
ブリリアントブルーをまとったアリアドネの気高い輝き、純白の天照大御神様の眩い光、そして漆黒のイザナミ様の息を呑むような妖艶さ。
このままの姿で現代の銀座の街へ出てしまえば、そのあまりにも神々しい美しさに、通りかかる人々が次々と卒倒するか、あるいは文字通り魂を抜かれて呆然と立ち尽くし、街が大混乱に陥ることは火を見るより明らかでした。
「皆様、あまりに素敵すぎて、今のままでは現世の人間たちには刺激が強すぎますわ。少しだけ悪戯をさせてくださいね」
天棚機姫神様はそう言って悪戯っぽく微笑むと、美しい指先をそっと揺らしました。
さらさらと透明な光の糸が紡がれ、三柱の女神たちの身体を優しく包み込んでいきます。それは、神々としての圧倒的な神威と超越した美を他人の目から覆い隠す「霧の衣」でした。
衣が馴染むと、彼女たちの周囲を圧するような神聖なオーラは、まるで薄いヴェールで覆われたように穏やかなものへと変わっていきました。
これでようやく、周囲の人間から見れば「かろうじて、人目を引く美しい女性たち」という風に認識されるようになります。
「ふふ、これで安心ですわ。どうぞ、心ゆくまで東京の街を楽しんできてくださいね」
天棚機姫神様に見送られ、霧の衣をまとった一行は、ついに夕暮れ時のきらびやかな銀座の街へと颯爽と繰り出していったのでした。
いつもご愛読いただき有難う御座います。
せっかく至高の美女に変身!……してもやっぱり始まってしまった天照様の理不尽。スサノオ様の悲鳴が銀座のブティックに響き渡りました。
「クシナダ様への嫉妬(?)の飛び火はスサノオ様が回収してね」、「『一般人卒倒防止フィルター(霧の衣)』私も欲しい」と思った方は【評価(★)、ブックマーク登録】をお願いします。




