第82話
本作は情景や心理描写を丁寧に描いているため、長めの文章構成になっています。
お忙しい方は、会話文「 」、キャラクター名、心の声( )を中心に追っていただくだけでも、テンポよくストーリーをお楽しみいただけます。
アテナイは、移動式木組み砦による無敵の武力だけでなく、日の本の知恵がもたらした「旨み」の食文化と「機能美」に優れたモダンな衣服、という確固たる衣食住の裏打ちされた背景を元に、周辺の土地での名声を確実に高めていきました。
ただ力で奪うだけの当時の国々とは一線を画す、
洗練された至高の都市国家としての確固たる地位を築き上げるに至ったのです。
しかし、その噂を聞きつけ、雲の上からぎらついた欲望の瞳を向けた男がいました。
全能の最高神、ゼウス様です。
アテナイの民がシンプルで美しい衣服に身を包み、美味しいスープを食べて健康で豊かになった結果、街には美しい女性たちが溢れるようになっていました。
それを天上から覗き見た好色な最高神は、
「ほう、あのアテナイとやらはまこと極楽のような国ではないか。
どれ、私も一肌脱いで、アテナイに住んで美女たちと懇ろになってやろう!」
と、とんでもない不埒な目的を胸に、光の速さでテセウスの王宮へとふらりと訪れました。
バリバリと雷鳴を響かせながら、まばゆい後光を背負って王宮の玉座の間に現れた全能のゼウス様。
「テセウスよ、そなたの見事な統治ぶり、天上より見ておったぞ!
この地がまこと美しく栄えたゆえ、これからは私もこのアテナイに住まいを構え、
民たちを直々に祝福してやろうではないか!フハハハ!」
古代ギリシャの絶対的な最高神でありながら、その中身はあまりにも不埒な野心の塊。
しかし、今のテセウスは、かつて日の本で「この大地よりも重い質量と太陽の熱量を宿す天照大神様」
「アトラスのような神気を宿し、山の如く巨大な八岐大蛇を退治した闘神・素戔嗚尊様」の規格外の本物の神威を肌で知った男です。
いくらギリシャの最高神とはいえ、あからさまに美女目当てで現れたゼウス様の不埒なオーラを前にしても、彼は一ミリも怯むことなく、衣服の襟を正して静かにその前に立ちはだかりました。
「……ゼウス様。我がアテナイへのご光臨、恐悦至極に存じます。
……ですが、我が国の民は、衣食住の礼節を重んじ、泰平の世を築くために日々研鑽を重ねております。
神々の身勝手な情欲で、その安寧を乱すことなど、このテセウス、一国の王として断じてお認めするわけにはまいりませぬ」
テセウスの瞳には、かつての傲慢さは消え去り、民を守るための本物の「気骨」がぎらぎらと宿っていました。
ゼウス様といえどもアテナイの民の為には剣を抜くことすら辞さないという、若き王の圧倒的な威厳。
これには、玉座の間のゼウス様も
「ぬっ……!? なんだこの人間の若造は……。
妙に腹の据わった、恐ろしいほどの為政者の覇気を放っておるぞ……?」
と、興味深げに目を丸くします。
その頃、七里ヶ浜のリビングでは――。
天照大神様の細工を通じ、若き日のテセウスがギリシャの最高神ゼウス様を前にしても一歩も退かず、
「民の安寧を乱すな!」
と男らしく啖呵を切っている凄まじく格好良い映像がリアルタイムで届いていました。
「キィィィーーーッ!!! な、なんですのその『神をも恐れぬ大英雄の覚醒』はーーーっ!?」
アリアドネはリビングの絨毯の上で激しくゴロゴロとのたうち回って大暴れを始めました。
「悔しいですわ! 悔しすぎますわ!
あの女癖の悪いゼウス様を目の前にして、一歩も退かずに民のために啖呵を切るなんて、
テセウス様のくせに歴史の教科書の表紙を飾るレベルの格好良さですわーーーっ!!
生意気ですわ、本当に生意気すぎますわーーーっ!!」
地団駄を踏みながら顔を真っ赤にしてパニックになるアリアドネ。
「う、ううっ……。アリアドネ様、だから私、そんなに生意気でしょうか……?
私はただ、あの比叡山で天照大神様や素戔嗚兄貴に教えていただいた『王の覚悟』を、ゼウス様にも示さねばと思っただけなのですが……。
そんなに怒られると、3000年分の自信がまた消えてしまいそうです……ぐすん」
3000年物の神テセウスが、ギリシャ彫刻の如き超絶美形の顔を涙でボロボロと濡らします。
またしてもアリアドネの理不尽なやきもちの前に心がポキポキに折れて、クッションを抱きしめて小さく丸くなってシクシクと泣き始めてしまいました。
3000年かけて究極の神に進化してきたというのに、愛しい神子の「生意気ですわー!」の一言で一瞬にして心が初期化されてしまいます。
「ふはははは! テセウス、泣くな泣くな!
あの好色なゼウス様を前にして一歩も退かぬとは、まこと見事な気骨じゃ!
妾の信者として最高の100点満点をくれてやろう!
ほれ、お前のあの真っ直ぐな眼光、妾もゾクゾクするほど格好良かったぞ!」
天照大御神様が、白いワンピースの裾をひらりと揺らしながらビール缶を掲げて大笑いし、泣いているテセウスの背中をバシバシと力強く叩いてなだめてます。
「ふふ、美女を求めて現れた最高神を、衣食住の礼節をもって拒絶する。
これぞまさに、民を想う泰平の王の真髄じゃな。
アリアドネちゃん、そんなにジタバタしては、現代のテセウスが可哀想じゃろう。よしよし」
イザナミ様もアリアドネを優しくなだめつつ、
泣いているテセウスに「ほれ、美味しいタコをもう一口お食べ」と優しくオリーブオイルがけのお皿を差し向けていらっしゃいます。
「あのゼウス様を正面から睨みつけやがったか。
日の本で姉貴の恐ろしさを骨の髄まで味わってきたお前からすりゃ、ゼウス様にも命を懸けた讒言ができるってものだよな。
おいテセウス、泣くなって。
お前のその気骨、俺が3000年経っても『兄貴』って呼ばれるのを誇りに思ってるぜ」
素戔嗚尊様が泣いているテセウスのグラスに冷たい白ワインを注ぎ足しました。
「いいか、弟よ。アリアドネちゃんの言ってることをよく聞いてみろよ。
『歴史の教科書の表紙を飾るレベルの格好良さ』って言ってるんだぜ?
おまえさんへの最大級の賛辞じゃないか」
素戔嗚尊様が悩める弟分に言いました。
流石は数々のかしましい女性陣をスマートにいなしてきた闘神。
アリアドネの理不尽なやきもちの奥底にある「本音の憧れ」を見抜くのはさすがです。
「……ハッ! そ、そうか兄貴……っ!
別に『生意気ですわー!』って言われて落ち込む必要なんかなかったんだ……っ!
あれはアリアドネ様なりの、最大の照れ隠しとリスペクトだったんだな……!」
現代の「3000年物の真の神テセウス」は、涙目をパッと輝かせ、まるで目の前の霧が晴れたようなポンコツな満面の笑顔を取り戻しました。
「さて、実は俺には、もう一つ目的があってな。
大津の食堂の店員さんに、あの時『また必ず来る』って約束をしちまったんだ」
テセウスは立ち上がると、服の襟を正し、ミケランジェロの彫刻の如き端正な顔を引き締めて天照大神様を見つめました。
「天照大神様、このICカード、また使わせて頂きます。
そして、まだ見ぬ日の本の至高の地味を、一からすべて味わい尽くしてきます!」
「良いぞ良いぞ! 妾の小遣い、いくらでも使うが良い!
次は京都のラーメンや、大阪のたこ焼きも制覇してくるのじゃぞ!」
天照大御神様が豪快に笑い、ICカードを懐かしそうに見つめます。
「アリアドネ様。これ、遅れたけどお礼です。ディオニュソス様から預かってきました」
テセウスは懐から、神聖なギリシャの極上の葡萄酒、神の祝福が込められた美しい贈り物を取り出しました。
そして、呆然としているアリアドネに向かって、大人の余裕を漂わせながら、意味ありげにパチンとウィンクをしてみせます。
「有難うございました、女神様方、そして素戔の兄貴! では、行って参ります!」
3000年の悠久の時を経て、本当の優しさと圧倒的な格好良さを身につけた現代のテセウスは、ICカードを胸に、今度こそ一人の粋な旅人として、七里ヶ浜の邸宅から初夏の光の中へと颯爽と去っていきました。
「は、はわわわわわ……っ!
テ、テセウス様のくせに、最後の最後に……ウィンクなんてして、
最高に格好よくエレガントに去っていきましたわーーーっ!!!
やっぱり生意気すぎますわーーーっ!!!」
残されたアリアドネはソファのクッションに顔をぎゅーーーっと埋めて激しくジタバタと身悶えをはじめました。
ディオニュソス様からの贈り物と、素戔嗚尊様が教えてくれた「最大級の賛辞」という言葉が脳内で爆発し、アリアドネのやきもちは、甘酸っぱい赤面の受難へと昇華されてしまいました。
「ふふ、素戔の一言で、アリアドネちゃんが完全に蕩けてしまったのう。まこと愛らしい妹分じゃわい」
「あいつもこれで、本当の意味で日の本の美味を愛する『オタク旅人』だな。」と素戔嗚尊様がボソッとつぶやきました。
いつもご愛読いただき有難う御座います。
不埒な最高神を一喝して歴史的名君となった過去テセウス。一方現代では、スサノオ兄貴の助言で「生意気=最高のデレ」とポジティブ解釈した3000年物カブトムシが、粋な贈り物とウィンクを残して再びグルメ旅へ旅立ちました。
「教科書の表紙に出世したテセウスも表紙に落書きする子供にメンタル折られるな」、「グルメ旅私も連れてってー」と思った方は【評価(★)、ブックマーク登録】をお願いします。




