第81話
本作は情景や心理描写を丁寧に描いているため、長めの文章構成になっています。
お忙しい方は、会話文「 」、キャラクター名、心の声( )を中心に追っていただくだけでも、テンポよくストーリーをお楽しみいただけます。
テセウスによるアテナイの内政改革は、日の本で得た「衣食住足りて礼節を知る」の思想に基づき、驚異的な速度で街の風景を塗り替えていきました。
まず組織の再編です。命がけでかつての味方と戦い、忠誠を示した投降兵たちを、テセウスはバルバロイ部隊の「兵長」へと大抜擢しました。
同じ出自の者が統率を執ることで、急増した元捕虜たちの治安と秩序が維持されることとなります。
そして、ついに「食」の一手が放たれました。
テセウスは街の料理人や酒場の店主たちを集め「旨み」の概念を伝授します。
「肉や魚をただ焼いて塩を振るだけではだめだ。じっくりと煮込み、そこから染み出る『旨み』を汁へと移すのだ。
さらに、魚や肉を天日に干して『乾燥』させれば、その旨みはさらに凝縮され、何倍もの至高の出汁となる!」
この未知の調理理論を実践した店と、従来通りの料理を出し続けた店の間で、客足の差が明確に分かれました。
効果を目の当たりにしたアテナイの料理人たちは、我先にと競い合って旨みの研鑽に励み始めます。
テセウスは、そうして開発された滋味溢れる温かいスープや肉料理を、最前線で戦った元捕虜の兵たちにも惜しみなく分け与え、自ら彼らの元へ赴いて「よくぞ戦ってくれた」と力強く肩を叩いて労いをかけました。
「住」の防衛基盤も休むことなく強化されます。バルバロイの中で土木や修繕を希望した者たちには、アテナイの城壁の補強を任せました。
さらに、この時代のギリシャにはまだ存在していなかった「お堀(紀元前5世紀頃に出現)」の概念を導入。
城の周囲に巨大な堀を巡らせることで、アテナイの防御力は文字通り難攻不落のレベルへと跳ね上がっていきます。
最後に「衣」の一手です。テセウスは服屋で新調し、密かに持ち帰っていた現代日本の機能性衣服をじっと見つめ、アテナイの職人たちに模倣を命じました。
古代ギリシャの伝統的な衣服である「キトン」や「エクソミス」の真ん中に思い切って穴を開け、現代のTシャツやポンチョのように頭からスポッと首を通せるようにデザインを改革。
さらに、腰を巻くベルトには、食用となった羊などの皮を丁寧に滑らかになめした頑丈な革ベルトを普及させてみました。
「おおっ、この衣服は! 動きやすく、風にもはためかず、着脱も驚くほど簡単だ! それにこのベルトを締めると、驚くほど腰が据わるぞ!」
シンプルなデザインながら機能性に優れた衣服は、瞬く間にアテナイ中で大流行となりました。
どんな分野でも、テセウスの推奨に応えて素晴らしい服を作り出す才能ある庶民が台頭し、彼らには次々と衣服部門の責任者としての地位と恩賞が与えられていきます。
気がつけば、かつて宮廷で「貴族面」をして特権を貪っていたテセウスの部下たちまでもが、モダンな衣服を身にまとい、庶民や元捕虜の兵たちと肩を並べて酒場に集まり、
「おい、あっちの店の煮込みスープはもう飲んだか? 旨みの出方が尋常ではないぞ!」
「この頭から被るキトンに、このなめし革のベルトの組み合わせが、今一番アテナイで最高に格好いいコーディネートなんだ!」
などと、楽しげに衣服談義、食事談義に花を咲かせるようになっていたのです。
力による略奪ではなく、衣食住の豊かさと文化の研鑽によって、国が内側から幸福に満ち溢れていくという、奇跡のような泰平の世の礎がここに築かれました。
その頃、七里ヶ浜のリビングでは――。
天照大神様の細工を通じ、テセウスがアテナイの街を「Tシャツ風キトン」と「旨みたっぷりのスープ」で完全に埋め尽くし、貴族も庶民も元捕虜もみんなで楽しげに居酒屋で語り合っているという、完璧すぎる内政大成功の映像がリアルタイムで届いていました。
「キィィィーーーッ!!! な、なんですのその『アテナイ・服屋さん・親子丼フェスティバル』はーーーっ!?」
アリアドネはリビングのふかふか絨毯の上で激しくゴロゴロと大暴れを始めました。
「悔しいですわ! 悔しすぎますわ!
旨みの乾燥技術も、頭から被るお洒落な衣服も、すべて日の本のエッセンスを完璧にアテナイの民の心に植え付けて、貴族様たちまで骨抜きにしてしまっていますわーーーっ!!
テセウス様のくせに、これほど見事な『衣食住足りて礼節を知る』を現世に爆発させるなんて、格好良すぎて本当に、本当に生意気ですわーーーっ!!」
地団駄を踏みながら顔を真っ赤にしてパニックになるアリアドネちゃん。
「う、ううっ……。アリアドネ様、だから私、そんなに生意気でしょうか……?
私はただ、あの服屋や親子丼の感動を民にも分けてやりたくて、必死だっただけなのですが……。
やっぱり心が折れそうです……ぐすん」
現代の「3000年物の真の神テセウス様」が、ギリシャ彫刻の如き顔を涙でボロボロと濡らし、またしてもアリアドネちゃんの全力の理不尽なやきもちの前に心がポキポキに折れて、膝を抱えて小さく丸くなってシクシクと泣き始めてしまいました。
3000年修行して最高神の腕を持ち上げられる漢になっても、アリアドネちゃんの「生意気ですわー!」の一言で一瞬にしてメンタルが初期化されてしまいます。
「ふはははは! テセウス、泣くな泣くな! お前のあのなめし革のベルト、まこと良いアクセントじゃな!
ほれ、アテナイの民が美味そうにスープをすすっておる姿、妾も嬉しくなるわ!」
天照大御神様が大笑いして、泣いているテセウスの背中をバシバシと力強く叩いてなだめます。
「ふふ、お堀を作って防衛を固め、衣食の研鑽で民の心を豊かにする。まこと非の打ち所がない名君の治世じゃな。
アリアドネちゃん、そんなにジタバタしては現代のテセウスのお目々が真っ赤に腫れてしまうぞよ」
イザナミ様もアリアドネちゃんを優しくなだめつつ、泣いているテセウスに「ほれ、美味しい蛤をお食べ」と優しく網焼きの貝を差し向けていらっしゃいます。
「頭から被る衣服になめし革のベルトか。衣服の機能美をそんなふうにアテナイ風にアレンジしやがるとはな。
おいテセウス、泣くなって。お前の仕掛けた小さな種、最高に見事な大輪の花を咲かせたじゃねえか。さすがは俺の認めた弟分だぜ」
素戔嗚尊様が泣いている「真の神テセウス」のグラスに冷たい白ワインを注ぎ足してました。
いつもご愛読いただき有難う御座います。
古代アテナイの街を「居酒屋&大衆ファッション化」させた過去テセウス。一方七里ヶ浜では、元彼の内政無双に絨毯で大暴れするアリアドネちゃんと、理不尽なキレ芸にメンタルをへし折られ芸をみせるテセウスでした。
「焼き蛤で餌付けされる3000年物カブトムシの限界保護者会は草」「3000年鍛えた神がメンタル鍛え忘れてただの筋肉ダルマに成り下がっている」と思った方は【評価(★)、ブックマーク登録】をお願いします。




