第78話
本作は情景や心理描写を丁寧に描いているため、長めの文章構成になっています。
お忙しい方は、会話文「 」、キャラクター名、心の声( )を中心に追っていただくだけでも、テンポよくストーリーをお楽しみいただけます。
『……衣食に、そなたの種を植え付けるとな? テセウスや、それは一体どういうことかえ?』
ペルセポネ様が不思議そうに首を傾げ、美しい瞳をパチクリとさせて問いかけました。
彼が日の本で出会った親子丼の衝撃、服屋の圧倒的な物量と洗練、そして手羽先の店で脳内を駆け巡った胡椒のパラダイムシフト。
テセウスがアテナイの民に植え付けようとしているその「小さな種」とは…
「大したことではございません。
私は日の本で『旨み』というものを知りました。
魚や獣の肉から出る旨み、それを料理をするものに研鑽させます。
それが食の一手。
民は潤うことで意欲が増し国力増強の一手となるでしょう」
「そして衣については、シンプルに作れるがデザイン性に優れるものを推奨し、これを成したものに責任者の地位を与えます。
さすれば財源を使わずに、広く民に衣が行き渡り、こちらも豊かさによる国力増強へとつながります」
「それを支える一次産業(食糧や原材料などの生産)には課題が残りますが、第一手としてまずは、これらを実施します」
テセウスが静かに語ったのは、日の本で彼自身の胃袋と魂を完全に骨抜きにした「出汁」や「衣服の機能美」の神髄を、古代ギリシャの現実へと落とし込んだ究極のパラダイムシフトでした。
ただ贅沢な宮廷料理を貪るのではなく、誰もが安価に、日常の中で至高の幸福を感じられる「旨み」の探求。
そして、特権階級の華美な衣装ではなく、シンプルでありながら広く民を寒さから守り、美しく整える衣服の概念。
それらがもたらす「心の豊かさ」こそが、国を支える民の意欲を爆発させ、ひいてはどのような大国にも負けない強靭な国力を生み出すのだと、彼は確信に満ちた眼光で言い放ちました。
ハデス様とペルセポネ様は、完全に息を呑んで立ち尽くしていました。
富を奪い合うことでしか国を大きくする方法を知らなかったこの古代の世界において、民の「衣食」の質を底上げし、内側から無限の豊かさを生み出していくという驚天動地の王道。
『……旨み、そしてシンプルながら優れた衣。
テセウスよ、そなたが日の本で得たものは、ただの武勇などでは到底及ばぬ。
国そのものの根底を覆す真の「宝」であったようだな』
ハデス様は深淵の如き声を響かせ、見違えるほどの器となった若き王を、今や一人の偉大な為政者として、深く、静かに認められました。
「はっ! 日の本の神々とアリアドネ様が命を賭して私に授けてくださったこの叡智、一滴たりとも無駄にはいたしません!」
テセウスは胸元のICカードとスマートフォンにそっと手を当て、熱い覚悟をその目に宿します。
冥界の主たちから完璧な信頼と承認を得たテセウス。
いよいよ彼はこの冥府の闇を抜け、バルバロイの軍勢が迫る、自らの戦場、アテナイの地へと出陣の時を迎えます。
テセウスは冥界を後にし、バルバロイの軍勢がじわじわと迫る最前線、アテナイの城内へと見事な帰還を果たしました。
「城下から集められる限りの食料をすべてかき集めよ!
民を一人残らず堅牢な城内へ招き入れ、籠城の準備を整えるのだ!」
若き王の迅速かつ的確な大号令に、アテナイの兵たちは驚きつつも一糸乱れぬ動きで従います。
力で略奪することしか知らなかった以前の彼なら、民の命など意に介さなかったでしょう。
しかし、今のテセウスの胸には、民の安寧を第一に願う気高き為政者の血が流れていました。
城門を固く閉じ、テセウスは城内の広場に腕利きの職人たちを緊急に召集しました。
「今から、私が日の本で学んできた奇策の仕込みを行う。
この場内で木を加工する工具と木組みの砦のパーツをいくつも作り上げるのだ」
テセウスは職人たちに、釘を使わずとも強固に噛み合う日の本の「伝統的な木組みの手法(木造建築の知恵)」を授けました。
足りない緊結部分は、近くの山から集めさせた頑丈な蔦を使ってガチガチに補強させます。
「この砦は、正面からの敵の猛攻には無類の強度を誇るが、内側の楔を抜けば、いつでも容易に解体・再組立ができる。
これこそが、敵の背後に一夜にして城を出現させるための、我が秘策の要だ!」
一夜城のパーツが組み上がると、テセウスは最も信頼できる部下を目の前に呼び寄せ、その肩を力強く掴みました。
いよいよ作戦決行の時を迎えます。
彼は神話の上ではテセウスを裏切り王座を奪い取りますが、今のテセウスにはそのような隙はありません。
ましてや民を思いやり、このような驚天動地の策略を練り上げるテセウスを裏切ろうとする気持ちすら湧きません。
「お前に、この籠城の指揮権を一時的に委ねる。
明日の日の出と同時に、法螺貝を鳴らせ。その音を合図に、城門を開けて出撃を始めるのだ」
「敵が前方の我が軍に完全に目を奪われたその刹那、私が外から敵の背後へと回り込み、大将の首を直接刈り取ってくる。
……そして私が鬨の声を上げたら、それが全軍総攻撃の合図だ!」
さらにテセウスは、並みいる将兵たちを見据え、冷徹かつ慈悲深い最大の軍令を突きつけます。
「ただし!降伏を望む捕虜は極力傷つけぬようにせよ。
彼らとて、戦わねば後ろの味方に殺されるという、悲しい挟み撃ちの呪縛の中にいるだけなのだ。
彼らを無益に殺すな、生かして我がアテナイの力に変える!」
そのあまりにも優しすぎる軍令に、血気盛んな一人の将軍が激昂して彼に食ってかかりました。
「何を弱気なことを仰るのですか、テセウス様! 攻めてきたバルバロイなど、全員皆殺しにすれば良いのです!」
しかし、その男の怒号は一瞬にして静寂へと変わります。
テセウスがそこら辺に落ちていた「ただの棒切れ」を不意に拾い上げ、漫喫の一夜で脳内に焼き付けた幕末京都での、あの神速の抜刀術をほんの真似事として繰り出したからです。
ヒュンッ……!!!
風を切り裂く一閃。棒切れの先端が、将軍の鼻先わずか数ミリのところでピタリと静止していました。
あまりの神速の絶技と、闘神・素戔嗚尊様から影響を受けた圧倒的な威圧感の前に、将軍は完全に腰を抜かしてガタガタと震え、一言も発せぬまま平伏して黙り込んでしまいました。
それが彼自身の「不殺の誓い」であったことは、周囲の将兵には内緒です。
いつもご愛読いただき有難う御座います。
冥界の神々に国力増強論を熱弁し、木組みの一夜城を仕込むテセウス。不満を漏らす将軍を漫喫で一夜漬けした棒切れ抜刀術で瞬殺し、見事な不殺の名君ムーブをキメてドヤ顔です。
「漫喫アニメの神速居合を棒切れで再現するオタクは草」と思った方は【評価(★)、ブックマーク登録】をお願いします。




