第74話
本作は情景や心理描写を丁寧に描いているため、長めの文章構成になっています。
お忙しい方は、会話文「 」、キャラクター名、心の声( )を中心に追っていただくだけでも、テンポよくストーリーをお楽しみいただけます。
『それではイザナミ様、今より冥府と黄泉を繋ぎます。テセウスを黄泉に送ってくださりませぬか』
「承知した。では繋ぐぞ。かつて妾を閉じ込めた黄泉の道も、今やこうして国同士を繋ぐ誇り高き架け橋じゃ。のう、天照、素戔」
イザナミ様がその美しい指先をかざすと、リビングの空間に黄泉比良坂へと繋がる闇の門がすうっと開かれました。
ペルセポネ様の紫の光と混ざり合い、時空を超える壮大な道が完成します。
「では皆様、大変お世話になりました! 必ずやアテナイを、この日の本のような美しく平和な国家として見せます!」
テセウスがリュックを背負い直し、最後に一同へ向かって最も深く敬虔な一礼を捧げ、門へと足を踏み出そうとした、その瞬間でした。
「待てテセウス! 餞別だ!」
素戔嗚尊様が声を張り上げ、テセウスの懐へと、一台の黒く輝くスマートフォンを滑り込ませました。
「今、電源を消してある。もうどうにもならない本当に最後の最後、絶体絶命だと思った時だけそれを使え。
電源が入らない限り、どんなに時間が経とうが絶対に老朽化しないよう、俺が神気で包んである。
……さあ、行ってこい!」
「はっ……! はっ! 素戔嗚兄貴! 有難う御座いました!」
闘神がその身に宿す絶対的な加護を施した、現代の魔導具。
テセウスはその重みを胸元へと大切に仕舞い込み、もう一度、兄貴と呼んだ偉大な背中を見つめました。
「テセウス様、お気をつけて! 素晴らしい王様になってくださいまし!」
アリアドネが満面の笑顔で叫びます。
「達者でな! 妾の信者よ、アテナイをきっちり統べてみせよ!」
天照大神様も豪快なエールを送り、イザナミお姉様も笑みで見守られます。
「アテナイの飯をいつか美味くしてみせな」
素戔嗚尊様がニカッと笑う中、テセウスは光と闇の門の向こうへと、一人の偉大なる王の背中を見せながら、静かに、しかし力強く歩みを進めました。
ぐにゃりと時空が反転し、アテナイの若き覇王テセウスは、日の本でのすべての美味と歴史の記憶、そして一通の手紙とスマートフォンの奇跡を胸に、バルバロイの軍勢が迫る古代ギリシャの戦乱の世へと誇り高く戻っていきました。
テセウスが去り、時空の門が静かに閉じられた七里ヶ浜のリビング。
朝の相模湾の柔らかな光が、再び4人を優しく包み込みます。
「はあ……本当に行ってしまいましたわね。でも、テセウス様なら、きっとあのアテナイを素晴らしい国になさいますわ」
アリアドネが深く胸をなでおろし、可愛らしく微笑みました。
かつての悲しい過去は完璧に清算され、今や彼女の胸には、この日の本で紡いでいく未来へのワクワクとした希望だけが満ち溢れています。
しかしテセウスがギリシャへと旅立ってから、わずか10分程度のことです。
「なっ、なんだと?! たった今渡したのに、もう使うってのか?!」
素戔嗚尊様のスマートフォンが突然、けたたましい音を立てて鳴り響きました。
「しょうがねえ。約束だ。出てみるか。
……おうっ! どうしたテセウス! こんなに早く使っちまって、もう絶体絶命になったのか!?」
素戔嗚尊様が、困惑気味に電話に出ます。
しかし、スピーカーから漏れ聞こえてきたのは、先ほどまでの「若造のテセウス」とは明らかに異なる、どこまでも深く、悠久の時間を経た圧倒的な威厳を宿した男の、不敵で懐かしそうな笑い声でした。
『ふふっ、兄貴。3000年ぶりだ』
「はぁ? 何を言って……えっ? お前まさか……」
素戔嗚尊様の闘神としての鋭い眼光が、驚愕に見開かれます。
『ああっ! 俺が今ペルセポネ様のところに送られたところだろう?
同じ時代の本人(若造の俺)に会うわけにはいかないから、ずっとこの時を待っていたんだよ』
その言葉の真意を理解した瞬間、リビングの全員が息を呑みました。
かつて素戔嗚尊様がリビングで冗談めかして言っていた、あの「時空のループ」のシミュレーションが、まさに現実となって目の前に現れたのです。
あの若造のテセウスは、古代アテナイに戻った後、日の本で得た「不殺の誓い」と「泰平の世の理」を胸にバルバロイの軍勢を退け、真の偉大な王として国を救いました。
そして、アリアドネの手紙と天照大神様のあの熱烈な挑発のセリフを片時も忘れることなく、神話の時代から数えて3000年間もの血の滲むような修行をオリュンポスの山で死に物狂いで積み重ね、本物の「真の王」へと進化していたのです。
彼の手元にあるスマートフォンは、3000年もの間、素戔嗚尊様の神気の加護によって1ミクロンも老朽化することなく、現代のこの瞬間に繋がる時を、静かに、じっと待ち続けていたのでした。
『庭に出てきてくれよ』
低いけれど、どこまでも澄み切った大人の色気を孕んだテセウスの声。
「ひ、ひぃえぇぇぇえーーーーっ!!! や、やっぱり、やっぱり本物の3000年物のハイパーウルトラカブトムシが、お庭に現れてしまいましたわアマテラス様ぁぁぁーーーっ!!!」
アリアドネが湯気がでそうなほど頭をオーバーヒートさせながら、リビングの絨毯の上で激しくのたうち回って絶叫します!
「うっ……! お、おのれ素戔、本当に3000年修行した神の気骨を宿して戻ってきおったかえ……っ!
妾のあの時のセリフを3000年も抱きしめて戻ってきた男など、さすがの妾も……うう、
今度こそ本気で身の危険(?)を感じるのじゃ……っ!」
天照大御神様はクッションを抱きしめてます。
「ふふ、まこと壮大で、美しい結び(アリアドネの糸)がここに完成したのう。天照よ、いよいよ約束の時じゃな」
イザナミお姉様だけが、すべてを愉しむように妖艶な大人の笑みを浮かべていらっしゃいます。
「マジでやりやがったかあの野郎……! 3000年物の神気、外からビンビンに伝わってくるぜ!」
素戔嗚尊様がリビングのガラス扉を開け放ちました。
七里ヶ浜の美しい庭へと足を踏み出した一行の目に飛び込んできたのは、朝の相模湾の光を背に浴びて佇む、息を呑むほどに気高き一柱の男の姿でした。
そこにいたのは、かつての未熟な若造ではありません。
アテナイに戻った後、日の本で得た泰平の理をもってバルバロイを退け、歴史に名高い「民主政治の基礎」を築き上げ、崩御した後に真の神々の仲間入りを果たしたテセウスその人でした。
その後も3000年もの間、天空よりギリシャの地を守り続け、死に物狂いの修行の末にオリュンポスの「真の神」へと昇り詰めた大英雄が、現代のこの瞬間に、完璧な姿で立っていたのです。
いつもご愛読いただき有難う御座います。
祖国へ送り出してわずか10分後、スサノオ兄貴のスマホに「3000年ぶりだ」と衝撃のコールバック。「3000年物ウルトラハイパーカブトムシ」が七里ヶ浜の庭へ堂々降臨いたしました。
「3000年物の熟成ってワインなら酸っぱさすら抜けてないか?」、「アマテラス様、3000年分のストーキング受け止めきれる?」と思った方は【評価(★)、ブックマーク登録】をお願いします。




