第73話
本作は情景や心理描写を丁寧に描いているため、長めの文章構成になっています。
お忙しい方は、会話文「 」、キャラクター名、心の声( )を中心に追っていただくだけでも、テンポよくストーリーをお楽しみいただけます。
「う、ううう……ちょっと頭が痛いですわ……」
アリアドネがプラチナブロンドの髪を少し乱しながら、瞳をこすりながら目を覚ましました。
隣では天照大神様が白いワンピースのまま「むにゃむにゃ、もう一本……」と寝言を呟いており、イザナミ様は漆黒のワンピースのままで妖艶な気品を保ってスヤスヤと眠っていらっしゃいます。
素戔嗚尊様とテセウスも、豪快な寝息を立てていました。
全員がのそのそと起き上がり、朝の光の中で伸びをした、まさにその時でした。
リビングの空間が、まるで水面のように不思議な紫色の光を帯びて、かすかに揺らぎ始めます。
そして、その光の奥から、厳かに、しかし優しさに満ちた「不思議な声」が、空間に響き渡りました。
『アリアドネや……無事かい?』
「……っ!? このお声は……っ!」
アリアドネが跳ね起きました。
それは、かつて奈落の底に落とされかけた彼女の魂を救い、この日の本(黄泉比良坂)へと繋がる祈りの道を授けてくれた、ギリシャの冥妃ペルセポネ様からの、時空を超えた聖なる通信でした。
テセウスがアリアドネを追って冥府に現れた際、「そなたでは役不足であろう。己を知るが良い」と冷徹に突き放し、彼をこの日の本の求道旅へと送り出した張本人。
アテナイの王が本当の意味で「真の王」へと生まれ変わったかどうか、そして愛する神子が幸せに暮らしているかどうかを、ずっとずっと心配して見守っていらっしゃったようです。
「もっ、もしかして、ペルセポネ様ですかっ?!」
アリアドネが叫びます。
その声を合図に、素戔嗚尊様、頭を掻きながら起き上がった天照大神様、そして、自分の手紙を聖書のように抱いて見違えるほど立派になったテセウスが、一斉にその光の通信へと注目しました。
『おおっ、アリアドネ! 無事だったんだね』
空間を満たす紫の光の向こうから、ペルセポネ様の心からの安堵に満ちた声が響き渡ります。
アリアドネは瞳を潤ませながら、
「はい! ペルセポネ様!
貴女様がわたくしをこの日の本に送り込んでくださったのですね?
わたくしはご覧の通り、これ以上ないほど元気で幸せですわ!」
と健気な笑顔を光の中へと届けました。
すると、ペルセポネ様の厳かな神気が居住まいを正すように、すうっと変化します。
『そして、イザナミ様、天照大神様、素戔嗚尊様。
この度は、本当にお世話になりました。
私が、イザナミ様に助けを求めるようアリアドネを送り込んだ者です。
本当にご無礼をいたしました』
時空を超えて、日の本の最高峰の神々へと深々と頭を垂れるギリシャの冥妃。
すべての始まりである「迷宮の糸」が、彼女の慈愛の祈りによって黄泉比良坂へと紡がれた事実が、今ここで明かされました。
「なんの! そなたがアリアドネちゃんを送り込んでくれたからこそ、妾は黄泉の闇より抜け出すことができたのじゃ。こちらこそ、心より礼を申すぞ」
イザナミ様が光の向こうの冥妃へ向けて艶やかに微笑まれました。
呪いが完璧に祓われたその圧倒的な美しさに、通信の向こうでペルセポネ様がハッと息を呑む気配が伝わってきます。
『おおっ……! やはり、黄泉の呪いは完全に祓われたのですね! そして、それを実行されたのは、天照大神様……そうですわね?』
ペルセポネ様は驚愕と深い敬意を込めて、白いワンピースを着こなした日の本の主神へとその問いを投げかけました。
冥界の理すらも容易く書き換えてしまう、あの指先一つで太陽を動かす規格外の至高の光。
その持ち主が誰であるか、聡明な冥妃は確信を持って見抜いていたのです。
「いかにも、妾の至高の光で黄泉の闇ごと綺麗に炙り出してやったわ! そなたの祈りの糸、まことに見事な導きじゃったぞ!」
天照大御神様が眩い笑顔で高笑いを響かせます。
その横では、素戔嗚尊様が腕を組み、テセウスも自らを救ってくれた冥妃の光に向かって静かに深く頭を垂れていました。
『テセウス……。驚きました。その神気の輝き……まこと見違えましたよ』
紫の光の向こうから、ペルセポネ様の鈴を転がすようなお声が、深い驚嘆とどこか誇らしげな響きを帯びて届きました。
「ペルセポネ様……テセウスにございます。貴女様のおっしゃる通りでした。
この日の本の神々は我をその愚かさ故一度奈落に叩き落としながらも、見事に掬い上げてくださいました。冥府での無礼をお許しください」
顔を伏せながら、テセウスは真っ直ぐに、かつてないほど清廉な感謝を紡ぎます。
一年の比叡山での試練、そして日の本の親子丼、近江牛、胡椒たっぷりの手羽先、三島のコロッケ、真っ白な老舗うなぎ屋さんのうな茶――。
それらの至高の美味と、織田信長の先見の明、豊臣秀吉の知略、徳川家康の泰平の理に目を開いたアテナイの王。
アリアドネの手紙を胸に、己の矮小さを完全に知り尽くしたからこそ宿る、真の君主としての揺るぎない覚悟が、彼の低い声に力強く満ちていました。
『……素晴らしい。かつての傲慢な略奪者が、日の本の神理に磨かれ、これほど気高き王へと覚醒するとは、まことオリュンポスの神々ですら成し得ぬ奇跡。
イザナミ様、天照大神様、素戔嗚尊様……本当に、感謝いたします』
ペルセポネ様は通信の向こうで、日の本の神々への尽きぬ敬意に声を震わせていらっしゃいました。
「ふはははは! 案ずるな、こやつはなかなかに見どころのある良い漢に育ったぞ! アテナイの未来は安泰じゃ!」
天照大神様が豪快に笑います。
「国に戻って、この国の美味を恋しがったら、その時はまたいつでも旅に来させてやりゃあいい」
素戔嗚尊様もテセウスの肩をガシッと叩きます。
「ふふ、アリアドネちゃんの手紙が紡いだ、まこと美しい結び(アリアドネの糸)じゃのう」
イザナミ様がアリアドネの手を優しく握り返します。
アリアドネも、誇らしげな笑顔でテセウスの旅立ちを見守る準備を整えていました。
『さて、皆様方、今回ご連絡をいたしました本題を申しましょう』
ペルセポネ様のお声が、穏やかな響きから一転、冥府の妃としての冷徹で切迫した響きへと変わりました。
『テセウスや、アテナイがバルバロイ(異民族)より執拗に攻められておる。
その為、国内も荒れ放題となっており、そなたのような英雄が必要じゃ。
戻ってきてくれるのであろう?』
「はっ、もちろんです。我が民をこれ以上、苦しませるわけにはいきませぬ!
うまくできるかは分かりませぬが、今後は全力を持ってアテナイを救って見せましょうぞ!」
祖国の危機を耳にしたテセウスの瞳に、日の本の旅で磨き上げられた「泰平の世を願う真の王」としての、力強くも曇りのない眼光が宿ります。
いつもご愛読いただき有難う御座います。
ギリシャの冥妃ペルセポネ様から大絶賛されるテセウス。しかし感動も束の間、祖国アテナイがバルバロイの侵略で大ピンチとの報を受け、真の王として覚醒したカブトムシが祖国救済へと立ち上がります!
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