第62話
切りが悪いので今日は2話掲載します。
本作は情景や心理描写を丁寧に描いているため、長めの文章構成になっています。
お忙しい方は、会話文「 」、キャラクター名、心の声( )を中心に追っていただくだけでも、テンポよくストーリーをお楽しみいただけます。
テセウスは再び新幹線に乗り込み、静岡駅へと降り立ちました。
ガイドブックに導かれるまま彼がやってきたのは、街の中心に広がる広大な緑、駿府城跡です。
「これは……! なんと広大な地よ! しかし、ここもあの浜松城で名を見た徳川家康公の城跡と書かれているが……なぜ、これほど偉大な御仁の城が残っていないのだ……」
広大なお堀と美しい石垣を見上げ、複雑な思いに胸を締め付けられるテセウス。
近くに徳川家康公を顕彰する記念館があると知り、彼は吸い込まれるように中へ赴きました。
そこで展示の数々を真摯に読み進めた瞬間、彼の脳髄に、これまでの人生で最も恐ろしくも美しい、至高の真実が突き刺さりました。
「なんと……! この家康公という御仁は、凄まじい戦乱の世を力だけで統べるのではなく、その戦乱を終わりへと導き、この日の本に『300年もの平和』を築き上げただと……っ!?」
古代ギリシャの、絶え間ない都市国家間の戦争、略奪、そして裏切りの中で生きてきたテセウスにとって、300年もの間、民が怯えることなく平和に暮らす世界など、空想の楽園の絵空事に過ぎませんでした。
それを本当に現世で成し遂げた男の執念と慈愛の深さに、テセウスの魂は完全にひれ伏しました。
「アリアドネ様……私めは……とてもではないが、このような偉大な王になれる自信はありません。
しかし、戦乱を終わらせて民の安寧を願うこと……それが、この旅で得た私の最大の遺産です。
家康公に敵わないまでも……いつまでも民を想う王でいることを、ここに誓います」
テセウスはリュックを背負ったまま、溢れる涙を隠そうともせず、かつてアリアドネを追い求めた西の地、京都の方向に向かって、一人の気高き戦士として、最も深く尊い「騎士の礼」を捧げていました。
手紙の一文が、彼の魂をアテナイの最高峰の王へと、奇跡的な速度で引き上げていきます。
その頃、七里ヶ浜の邸宅では――。
天照大神様の細工を通じ、テセウスが駿府の地で涙を流して「300年の平和! 徳川家康公……!」
と、完全に神話の英雄の如き気高き為政者へと大覚醒を遂げている高尚すぎる思念が、リアルタイムでリビングへと届いてしまいました。
これを受信したアリアドネの、面白おかしい理不尽なやきもちの絶叫が、七里ヶ浜のガラス窓を震わせます!
「わっ、私……徳川家康様なんて、これっぽっちも存じ上げませんわーーーっ!!!」
アリアドネはリビングの絨毯の上で激しくゴロゴロと癇癪をおこした子供のように大暴れを始めました。
「そんな、宇宙の理を想像するような壮大なこと……
1ミリ……いえ! 1ミクロンすら考えてませんでしたわーーーっ!!!
なんですのその歴史の教科書の模範解答のような美しい成長は!
テセウス様のくせに勝手に手紙を聖書のように崇めて、この日の本で最高に格好いい大英雄の顔を崩さないなんて、
生意気すぎますわ! 悔しすぎますわーーーっ!!」
テセウスが一通の手紙から勝手に「真の王の道」を見出し、自分の全く知らない家康公という偉人に涙を流して京都へ礼を捧げている現実に、アリアドネの嫉妬と大パニックはまたしても天元突破。
「家康か! あやつの忍耐と泰平への執念は、確かに異国のおのこの魂をも揺さぶるのう!
アリアドネちゃんの置手紙、効果が凄まじすぎてまこと大爆笑じゃわ! ぶははは!」
「ふむ、これぞまさに『己の矮小さを知る旅』。
アリアドネちゃん、そなたはアテナイにまこと素晴らしい名君を誕生させようとしておるぞ」
「明治の剣客の次は家康か。完全に『不殺』と『泰平』に目覚めちまったな。
アリアドネちゃん、君のプロデュースのせいで、アテナイの歴史がひっくり返るぜ」
と三柱の神々が大爆笑しておりました。
いつもご愛読いただき有難う御座います。
家康公の「300年の泰平」に魂を撃ち抜かれ、騎士の礼を捧げるテセウス。一方、ただの当てつけ手紙をバイブル化されるアリアドネちゃん。
「1ミクロンも考えて無かったアリアドネPの天才?ぶりが草」、「テセウスの成長がサブカルドーピングってそんな歴史改変ありか?!」と思った方は【評価(★)、ブックマーク登録】をお願いします。




