第59話
本作は情景や心理描写を丁寧に描いているため、長めの文章構成になっています。
お忙しい方は、会話文「 」、キャラクター名、心の声( )を中心に追っていただくだけでも、テンポよくストーリーをお楽しみいただけます。
三河安城で日本の産業の神髄にひとしきり深い感銘を受けたテセウスは、再び「こだま」号に乗り込み、一駅東の豊橋駅へとやってきました。
時刻は昼を少し過ぎ、少々お腹を空かせています。
ガイドブックの地図を頼りに、彼がたどり着いたのは、かつてアリアドネたちが大絶賛した、豊橋の至宝「地焼きの女神」のお店の前でした。
店内に漂う、生のまま炭火で一気に焼き上げられた鰻とタレの、どこまでも香ばしく野性味溢れる香りに、テセウスはゴクリと生唾を飲み込みます。
「すまぬ、この『ひつまぶし』というものを頼む」
席についたテセウスの前に、丸い木製のおひつにびっしりと敷き詰められた、深い琥珀色に輝く関西焼きの鰻重が運ばれてきました。
ガイドブックに書かれた「3つの食べ方」の指南を真摯に読み込んだ彼は、まずは一膳目、そのまま箸で口へと運びます。
サクッ、じゅわぁ……!
「なっ……なんなのだこれはーーーっ!!
皮はパリパリと香ばしく、中から極上の脂が溢れてくるぞ!
先日食べた近江牛とはまた違う、力強い海の生命の旨味だ!!」
テセウスはその尋常ならざる香ばしさに、大粒の涙を流して感動します。
二膳目はネギとワサビの薬味を載せてその爽やかな調和に目を見張り、三膳目は熱々のお出汁をたっぷりと注いでサラサラとお茶漬けに。
「ぷはぁっ!! 完璧だ……!
一つの料理でこれほど姿を変え、最後に出汁の旨味で締め括るとは……。
日の本の職人の知恵、やはり我が想像を遥かに超越しておる……!」
会計を済ませたテセウスは、感動の余韻に浸りながら、ガイドブックの次なるページへと目を向けました。
「よし……。一駅ずつの丁寧な旅。次なる地は『はままつ』、
そこにはさらなる鰻の最高峰の老舗が待っているのだな。とくとこの身に刻みに行こう!」
リュックを背負い直し、次なる目的地・浜松へ向けて意気揚々と歩き出すテセウス。
その頃、七里ヶ浜の邸宅では――。
天照大神様の細工を通じ、テセウスが豊橋の櫃まぶしを3つの食べ方で完璧に平らげ、さらに次なる目的地として「100年超えの老舗うなぎ屋さん」
を見据えて熱い眼光を輝かせている思念が、リアルタイムでリビングへと届いてしまいました。
これを受信したアリアドネは、ついにその場でへたり込み、これまでにない絶望の涙をボロボロと流し始めました。
「ああっ……! テセウス様に……
わたくしの愛する豊橋のひつまぶしが、完璧に蹂躙されてしまいましたわーーーっ!!」
アリアドネはまるで自分がテセウスに略奪されたかのような、深い悲しみと絶望に浸ってリビングの床の上でシクシクと泣きじゃくっています。
「ううっ……! しかも、あの浜松の至宝……
素戔嗚尊様が最高の時間差で白焼きと特上鰻重を頼んでくださった、あの思い出の
『100年超えの老舗うなぎ屋さん』さえも、あの男に蹂躙されてしまいますのね……っ!
悔しいですわ! わたくしの思い出の聖地が、
カブトムシの足跡で汚されていくようですわーーーっ!!」
テセウスが自分たちの歩んだ感動の鰻ルートを、一人の硬派な求道者として完璧にトレースし、至高の美味を次々と攻略していく現実に、アリアドネのやきもちと悔しさは完全に限界を迎えていました。
「ふははは! アリアドネちゃん、今度は絶望の涙か! まこと退屈せぬカブトムシじゃな!」
と天照大神様がビールを飲みながら大笑いしております。
イザナミお姉様も「ふふ、あのおのこ、浜松のふんわりとした関東焼きを食べたら、またサンダルを引き合いに出して大号泣するのじゃろうのう。アリアドネちゃん、よしよし」
と、妖艶な笑みを浮かべてアリアドネを優しく抱きしめていらっしゃいます。
「あいつが『100年超えの老舗うなぎ屋さん』の白焼きの美味さにどう腰を抜かすか、俺も楽しみだぜ。アリアドネちゃん、そんなに泣くなって」と素戔嗚尊様が苦笑しながら、新たなネットの鰻情報を画面に映し出していました。
豊橋の櫃まぶしに打たれ、いよいよ浜松の「100年超えの老舗うなぎ屋さん」へと迫るテセウス。
そして、思い出の聖地を蹂躙(?)される恐怖に、お姉様方の胸の中で泣きじゃくって面白絶望するアリアドネでした。
浜松に無事たどり着いたテセウスは、ガイドブックを片手に「徳川家康公」の出世城として名高い浜松城の気高き石垣や美しい城跡をひとしきり堪能し、歴史のロマンに深く感銘を受けていました。
そして心地よい疲労を覚えながら、いよいよ本場の鰻へと向かいます。
しかし、彼の持っていたガイドブックに大きく載っていたのは「100年超えの老舗うなぎ屋さん」ではなく、駅前にある真っ白な建物が印象的な老舗うなぎ屋さんでした。
お店の暖簾をくぐり、席についたテセウスがメニューを開くと、そこには名物料理として「お茶漬」の文字が躍っています。
「むっ! お櫃に盛られた姿や食べ方は昼の櫃まぶしと同じようだが……漂ってくるこの芳しい香りと、どこか柔らかな雰囲気は明らかに違うぞ!」
己の野生の直感に従い、テセウスは迷わず「うなちゃ」を注文しました。
やがて運ばれてきたのは、ふっくらと蒸し上げられた後に特製のタレで香ばしく焼かれ、お櫃のご飯の上に美しく敷き詰められた極上の鰻。
指南書きの通り、お茶碗に盛り付けて専用のお出汁を注ぎ、薬味を添えてスプーンでひと口運んだその瞬間、テセウスの全身に電流が走りました。
「なっ……! なんだこの柔らかさは……っ!!」
あまりの衝撃に、テセウスの手元がブルブルと震えます。
「昨日食べたあのパリッとした地焼きのジューシーさとも全く違う!
ふっくらとした、お口の中でとろけてしまうような鰻の優しい旨味……!
そして、この極上のだし汁との至宝のマリアージュ……っ。
昼に食べた櫃まぶしこそ至高の極みと思っていたが……
この『うな茶』は、それに勝るとも劣らない究極の至宝ではないか!!」
ホテルで「日の本の深さ」に目覚めていたテセウスは、関東焼きの技術がもたらす極上のふんわり感とお出汁の融合に、またしても大粒の涙を流して重箱の隅まで綺麗に完食してしまいました。
その頃、七里ヶ浜の邸宅では――。
天照大神様の細工を通じ、テセウスが「100年超えの老舗うなぎ屋さん」を通り過ぎて
「真っ白な建物の老舗うなぎ屋さん」の暖簾をくぐり、
自分たちの知らない「究極のうなちゃ」に出会って白目を剥きながら大号泣している
敬虔な思念が、リアルタイムでリビングへと届いてしまいました。
これを受信したアリアドネの、最高に面白おかしい理不尽なやきもちが夜の七里ヶ浜に大爆発します!
「キィィィーーーッ!!! な、なんですのその裏切りはーーーっ!?」
アリアドネは「100年超えの老舗うなぎ屋さんに行かなかった」と胸をなでおろして安堵したのも束の間、床の上で激しくゴロゴロと大暴れを始めました。
「あのカブトムシ野郎ーーーっ!!
わたくしがまだ一度も食べたことのない、あの真っ白な建物の老舗うなぎ屋さんの究極の『うな茶』を、先に貪られてしまいましたわーーーっ!!!
蹂躙以上の屈辱ですわーーーっ!!!
悔しいですわ、悔しすぎて夜も眠れませんわーーーっ!!」
テセウスがまさかの「うな茶」という隠れた名物を見つけ出し、自分より先に浜松のもう一つの最高峰の美味を攻略して魂を洗練させている現実に、アリアドネの嫉妬のボルテージは完全に天元突破。
「わ、わたくしだって、明日の朝一番に新幹線に乗って浜松へ戻って、あの真っ白な建物に突撃してウナ茶を3杯おかわりしてやりますわーーーっ!!」
アリアドネは両手に箸を握りしめ、画面の中のテセウス(真っ白な老舗うなぎ屋さんの極上の出汁に涙している)を鋭い眼光でにらみつけながら、空中に向かって激しく浜松にいる「カブトムシ」に威嚇のポーズを繰り返しています。
いつもご愛読いただき有難う御座います。
豊橋のひつまぶしに続き、浜松で未知の「うな茶」を攻略し大号泣するテセウス。思い出の地を守れた安堵も束の間、未体験の鰻を先回りされたアリアドネちゃんは「カブトムシ野郎!」と怒り心頭で威嚇してます。
「テセウスのグルメ嗅覚冴え渡ってるなあ!って言うかうな茶やばい」、「ブチギレアリアドネのうな茶3杯宣言はフードファイターデビュー宣言か?」と思った方は【評価(★)、ブックマーク登録】をお願いします。




