第57話
本作は情景や心理描写を丁寧に描いているため、長めの文章構成になっています。
お忙しい方は、会話文「 」、キャラクター名、心の声( )を中心に追っていただくだけでも、テンポよくストーリーをお楽しみいただけます。
「さすがに居酒屋をまるごと時空転移させるのは、俺の馬鹿力でも無理だなぁ」
素戔嗚尊様が笑いながら、アリアドネを優しくなだめます。
すると、隣で天照大神様が「胡椒まみれの肉か、まこと美味そうじゃな!
素戔、この近くに同じような手羽先の店はないのかえ!?」
と目を輝かせます。
イザナミ様も「ふむ、妾もその城が立つほどの香辛料、まこと興味深い。
アリアドネちゃん、今夜は素戔に特製のスパイシーな鶏料理を作ってもらおうのう」
と微笑んでいらっしゃいます。
「はいはい、お姉様方、今夜は俺がキッチンで特製の手羽先唐揚げを作りますよ。
胡椒もこれでもかってくらい効かせてな!」
素戔嗚尊様が腕を捲り上げると、アリアドネは「はわわ……っ! さすが素戔嗚尊様ですわ!」と目を輝かせ、七里ヶ浜の隠れ家はいつものかしましくも温かい大騒ぎに包まれていきました。
「さあ、お姉様方、アリアドネちゃん。待たせちまったな。素戔嗚特製、幻の手羽先だ!」
エプロンをまといキッチンに立っていた素戔嗚尊様。
お昼時、彼の太い腕によって大皿へと豪快に盛り付けられたのは、完璧な再現レシピで作られた手羽先唐揚げです。
揚げ立ての手羽先からは、煮詰めたニンニク醤油タレの甘辛い香りと、粗挽き黒コショウとホワイトペッパーが融合した、「脳髄を直接揺さぶるようなスパイシーな香り」が湯気とともにリビング中に爆発的に広がりました。
「おおおおっ!! これじゃ、これじゃ!
テセウスの奴が恐れ慄いていた、あの『一握りで城が立つ香辛料』まみれの肉はこれじゃな!
いただきます!」
天照大神様が熱々の手羽先をガシッと掴んで豪快にお口へと運びます。
パリッ、サクッ、じゅわぁぁ……!
「っ……! ぬ、美味いーーーっ!! 最初にコショウの鮮烈な辛みがガツンと脳を突き抜けたかと思えば、奥からお肉のジューシーな旨味と甘辛ダレが完璧に追いかけてくるのじゃ!!」
主神の身体から、昼間だというのにリビング中を真っ白に染め上げるほどの至高の純白の光が放たれます。
あまりの美味さと、冷え切った生ビールとの完璧な相性に、天照大神様は「ぷはぁっ! 止まらぬ、これは一本たりともテセウスの若造には渡さぬぞ!」と猛烈な勢いで骨だけにして積み上げていきます。
「これはまこと……恐ろしいほどの刺激じゃな。
しかし、一度口に含むと、この辛みとコクが病みつきになって箸が、いや、手が止まらなくなってしまうのう……」
イザナミ様も、指先をタレで少し濡らしながら熱々の手羽先をハフハフと艶やかに頬張られます。
キンキンに冷えた生ビールを喉に流し込み、「ぷはぁ……現世の職人と、それを完璧に真似てみせる素戔の腕には、毎度恐れ入るわ」と、うっとりと瞳を潤ませて蕩けていらっしゃいます。
そして、対抗心が天元突破していたアリアドネ。
目の前の、コショウがこれでもかと降られた手羽先を両手でしっかりと握りしめ、大きな口を開けてガブリと噛み付きました。
「んんんん〜〜〜〜っ!! 辛いです、辛いですわ、素戔嗚尊様!!
でも……でも、もの凄ぉぉぉく美味しいですわーーーっ!!」
パリパリの皮の食感と、2種類のコショウのシャープな辛みが、彼女の味覚を優しく、しかし強烈に支配します。
アリアドネは瞳をキラキラと輝かせながら、ビールをグビグビと飲み干し、画面の中のテセウスに向かって、これ以上ないほどの特大のドヤ顔を炸裂させました。
「おーほほほほ! 見ましたか、テセウス様!
あなたが居酒屋のカウンターの片隅で『城が立つほどの胡椒だ……!』
とガタガタ震えながら食べている間に、わたくしは今、この七里ヶ浜の至高の邸宅で、
素戔嗚尊様が完全再現してくださった、パリパリ食感の『超・手羽先』を、お姉様方と贅沢にいただいていますのよ!
わたくし達の愛の深さは、あなたのICカードの額面なんかよりも遥かに、
遥かに天元突破していますわーーーっ!!」
テセウスへの理不尽なやきもちが、極上の手羽先によって「完全な大勝利マウント」へと昇華され、アリアドネはキュートに勝ち誇り、お腹いっぱいになって幸せそうに床の上で蕩けてしまいました。
「喜んでもらえて何よりだ。コショウを2種類使ったのが大正解だったな」
大皿にあった20本の手羽先は、まさに一瞬にして綺麗な骨の山へと変わっていきました。
名古屋の摩天楼がもたらした快適な夜を過ごしたテセウスは、新しいリュックを背負い、いよいよ東京に向かう旅を再開すべく、再び名古屋駅のホームに降り立ちました。
しかし、白銀の流線型をした新幹線が静かに滑り込んできたその瞬間、彼ははたと立ち止まります。
(このまま一気に東京へ行ってしまっても良いのだろうか……。
ガイドブックには、新幹線が停まるそれぞれの駅の魅力が、これでもかと誇らしげに書いてあるではないか。
アリアドネ様は、私にこう仰った……)
いつもご愛読いただき有難う御座います。
「手羽先屋の時空転移」の無茶振りに、スサノオ様が自家製・激ウマ手羽先唐揚げで応えるリアル神対応。一方テセウスは新幹線ホームで謎の逡巡を始めています。
「アリアドネのポンコツが予定調和化してきた」、「テセウスの目もますます曇ってきたな」と思った方は【評価(★)、ブックマーク登録】をお願いします。




