第55話
本作は情景や心理描写を丁寧に描いているため、長めの文章構成になっています。
お忙しい方は、会話文「 」、キャラクター名、心の声( )を中心に追っていただくだけでも、テンポよくストーリーをお楽しみいただけます。
「っ……! なんじゃこれはーーーっ!!
濃厚でクリーミーなのに、後からスパイシーな辛さが波のように押し寄せてくるぞ!
美味すぎるーーーっ!!」
と主神の体からまばゆい純白の光が室内に溢れ出します。
「おおっ、これはまこと極楽の味わいじゃ。コクが深く、お肉もトロトロに溶けておるのう……!」
イザナミ様もスプーンを口に運び、うっとりと瞳を潤まされています。
そしてアリアドネは、素戔嗚尊様から手渡されたスマートフォンのカメラを起動し、その最高に映えるカレーの姿をパシャリと撮影すると、テセウスへの「カレーマウント」の準備を完璧に整えました。
スプーンを握りしめ、濃厚なルーをご飯ごとハフッと頬張ります。
「んんんん〜〜〜〜っ!! おいしい……おいしいですわ、素戔嗚尊様!!
テセウス様が食べているあのスパイシーで真っ黒なカレーも、
お写真で見るだけで喉が鳴るほどの素晴らしい一皿ですけれど、
このカレーは、まろやかなコクとチーズが溶け合う、
また違った極上の味わいですわーーーっ!」
アリアドネは画面の中のテセウス(米原駅でまだアイスティーを飲んでいる)に向かって、これでもかと誇らしげなドヤ顔を裂させます。
「ふふん! 見ましたか、テセウス様!
あなたが米原のあの素晴らしい名店でカレーを5杯もおかわりして幸せに包まれているように、
わたくしも今、この海が見える素晴らしい場所で、お姉様方や素戔嗚尊様と共に、
日の本の誇るもう一つの絶品カレーをいただいていますのよ!
おーほほほほ! わたくしもスプーンの魔法を完璧に使いこなして、
あなたに負けないくらいこの国の美味しさを学んでみせますわーーーっ!!」
アリアドネは、地元カレー名店の素晴らしい美味しさを、自分の手柄のようにドヤってます。
「アリアドネちゃん、良いドヤ顔だ!」
と素戔嗚尊様が笑う中、喧騒に満ちた店内で、至高のカレーを最後の一粒まで綺麗に平らげてしまいました。
そんなアリアドネのマウントや、これまでの悔し涙など露知らず、テセウスは米原駅のホームから、ついに白銀の巨躯を持つ新幹線へと乗り込みました。
「ふむ……。ひかり、とな?」
彼がICカードをかざして乗り込んだのは、日に数本米原駅にも停車する「ひかり」号。
車内へと一歩足を踏み入れば、そこは昨夜のホテルをさらに洗練させたかのような、静粛で整然とした未知の空間が広がっていました。
リュックを足元に置いて席に深く腰掛けると、心地よい高揚感とともにドアが静かに閉まります。
やがて、滑らかに滑り出した列車は、駅のホームを離れると同時に、その速度をこれでもかというくらいにぐんぐんと、どこまでも上げていきました。
「なっ……なんなのだーーー?!!! この異次元の速度は!?」
時速100キロ、150キロを超えてもなお、加速の勢いは一切止まる気配すらありません。
古代の戦車や馬車、あるいは自分の頑強な足の速度を遥かに置き去りにして、車窓を流れる田園風景が恐ろしい早さで後方へと吹っ飛んでいきます。
テセウスはその未知なる異次元のスピードに、座席の手すりをぎゅっと掴みながら激しく恐れ慄いていました。
そして、列車が最高速度である「時速285キロ」に達しました。
窓の外の景色は、もはや流れる光の帯のようになり、彼の動体視力すらも超越した領域へと突入します。
ガタガタと興奮で全身を震わせながら、テセウスはただただ、圧倒的なテクノロジーの結晶の前にひれ伏すしかありませんでした。
「へっ……ヘルメス様の羽の靴であっても、これほどのスピードは絶対に出ないだろう……。
恐るべし日の本……っ!」
日の本の「民の知恵と技術」が紡ぎ出した韋駄天。
その客室の快適さと、狂気じみた超高速の矛盾に完全にノックアウトされたテセウスの胸には、この国へのさらなる深い驚愕と、底知れぬ崇敬の念が激しく押し寄せていました。
アリアドネが昨夜動画サイトで見ていたあの「新幹線の凄さ」を、今まさに身を以て、しかも完璧な求道者の姿勢で体験しているテセウス。
新幹線は、テセウスの度肝を抜いたまま、世界一巨大な首都圏へと向かって、ひたすらに東へとひた走ります。
新幹線がしばらく走ると、それまでの異次元の超高速から一転、滑らかにスピードを落とし始めました。
「む、何事だ……? 目的地まではまだ遠いはずだが……」
テセウスが怪訝そうに窓の外へと目を向けた次の瞬間、彼の目に信じられない衝撃の光景が飛び込んできました。
夕暮れ時の空に突き刺さるようにそびえ立つ、ガラスと鉄骨でできた幾十もの巨大な巨塔の群れ――名古屋の摩天楼です。
古代ギリシャのいかなる大都市、アテナイの神殿群すらも容易く見下ろすその圧倒的な建造物の威容に、テセウスは文字通り目玉が飛び出さんばかりに驚愕しました。
「な、なんなのだあの巨塔の群れは……! あそこに人が住んでいるというのか!?」
ガタガタと震える手で慌ててリュックからガイドブックを引っ張り出し、貪るようにページをめくります。
「『なごや』……かつて『おだのぶなが』という、戦国の覇者が切り拓いた礎の街……」
織田信長。その国を揺るがした覇王の名を目にした瞬間、テセウスの胸の中で、かつてアテナイの王座を実力で奪い取った漢としての熱い野生の直感が、激しく、そして明確に告げました。
いつもご愛読いただき有難う御座います。
絶品カレーでテセウスにドヤ顔を決めるアリアドネ。一方、新幹線の異次元の速度に慄きつつ名古屋へ辿り着いたテセウスは、織田信長の名に直感を刺激されています。
「新幹線に乗ると確かに幼児退行するよね」、「アリアドネちゃん、良いドヤ顔だ!」と思った方は【評価(★)、ブックマーク登録】をお願いします。




