第5話
本作は情景や心理描写を丁寧に描いているため、長めの文章構成になっています。
お忙しい方は、会話文「 」、キャラクター名、心の声( )を中心に追っていただくだけでも、テンポよくストーリーをお楽しみいただけます。
「ふふん。当ててみなさい」
天照大御神様がニヤリと笑って腕を組むと、素戔嗚尊様はちらっと二人を見ました。本来の美しさを取り戻したその女神の前に、すとんと片膝を突きます。
「お姉様ご無沙汰です。お奇麗になられて…! 姉貴が黄泉の穢れを祓ったんですね? で、姉貴、もう一人のこの可愛らしい女の子は?」
「えっ?! ちょっと! なんでそんなに即座に答えられるのよ!」
期待通りの動揺が見られなかった天照大御神様は、すかさず素戔嗚尊様に鋭い蹴りを叩き込みました。
「いってーよ、姉貴! 相変わらず容赦ねえな! 俺がお姉様のこと分からないわけねえだろ?!」
素戔嗚尊様は蹴られた足をさすりながら、眉をひそめます。
「で、一体なんの用だよ?」
「あんた、これから妾たちの運転手兼案内人ね! あと、この子のSPをしなさい!」
天照大御神様がアリアドネを指差して堂々と宣言すると、素戔嗚尊様は一瞬だけ呆気に取られた後、深く、大きなため息をつきました。
「はーーーー……。へいへい、仰せのままに。ったく、姉貴は相変わらずだな」
やれやれと頭を振った素戔嗚尊様でしたが、次にアリアドネの方を向き直ると、その表情は一変しました。
かつて乱暴者と恐れられた面影はなく、実に洗練された柔らかな微笑みを浮かべます。
最愛の妻である奇稲田姫に、長年しっかりと教育されてきた成果がここに現れていました。彼は今や、立派な紳士となっていたのです。
「アリアドネちゃん、といったかい? こんな体格だが、怪しい奴からは絶対に守るし、ちゃんとエスコートするから安心しな」
素戔嗚尊様はアリアドネの前に跪き、そっと手を差し出しました。
目の前に立つ素戔嗚尊様は、アリアドネが知るいかなる存在とも一線を画していました。
故郷クレタ島の大迷宮に蠢いていた異形の怪物ミノタウロス。アテナイの大英雄テセウス。
そして、つい先ほど黄泉比良坂で出くわした地獄の鬼。彼らを遥かに凌駕する、底知れぬ力強さと、世界の荒ぶる神羅万象そのもののような圧倒的な存在感が、その身体から満ち溢れていたのです。
あまりの気迫に、アリアドネは恐怖のあまりその場に卒倒しそうになりました。
しかし、その世界を揺るがすような大男を、天照大御神様が実にあっけらかんと揶揄い、蹴り飛ばしている光景。
さらには、その大男自身が自分に向かって、まるで洗練された騎士のように優しく、紳士的な言葉をかけてくれたという事実。
そのあまりのギャップに、アリアドネはただただ目を白黒させて驚くばかりでした。
「はっ……はい…………」
彼女は高鳴る鼓動を必死に抑えながら、おずおずと小さな声で応えました。
「よっ……よろ……しく、おねがい……いたし……ます……」
小さく頭を下げるアリアドネ。そんな彼女の様子を見て、天照大御神様とイザナミ様は、ふっと顔を見合わせて優しく微笑みました。
そして、緊張で身体を強張らせているアリアドネの両肩を、二柱の女神はそれぞれの温かい手でそっと包み込むように抱き寄せたのです。
日の本の最高神の光のぬくもりと、すべてを生み出した大母神の優しい慈愛の気配。
二つの神聖な温もりに挟まれ、アリアドネの心の中にあった未知の世界への不安は、再び驚くほど静かに解きほぐされていきました。
大丈夫だよ、と語りかけるような女神たちの笑顔に見守られながら、アリアドネはついに、この温かくも不思議な神々の国での旅路へ一歩を踏み出す安心感を得たのでした。
「さて、素戔ちゃんや。妾はこの2人をプロデュースするのじゃ!」
天照大御神様は、楽しそうにアリアドネとイザナミ様の肩に手を置いたまま、弟の素戔嗚尊様を見上げました。
「あんた、奇稲田ちゃんと現世でちょいちょいデートしとるじゃろ? 妾たちをエスコートする光栄をそなたに授けてやる! さあ! 妾たちを案内せよ!」
姉神からの勢いのある要求に、素戔嗚尊様は顎に手を当てて「うーん」としばらく考え込みました。そして、現代の日の本を思い浮かべながら提案します。
「だったら、今は『東京』に行ったほうがいいな。ここ出雲もいまは交通インフラが発達してるから、それなりのものは整うが、東京の賑やかさと物の多さは桁違いだ。
あそこなら、姉貴のプロデュースとやらも、このお嬢ちゃんの服も、何から何まで最高なものが揃うだろうぜ」
素戔嗚尊様はそう言うと、まだ本殿の隅で控えていた大国主様を振り返りました。
「大国主。悪いが、ちょっと飛行機のチケットの手配と、出雲空港まで俺たちを連れてってくれんか。……あとな、奇稲田には俺から後で連絡を入れるが、事情を話しておいてくれ」
「はい親父殿! お任せください!」
出雲の国主である大国主様は、再び動き出しました。その手際の良さはさすがという他ありません。
現代の術(スマートフォンや通信網)を神速の如き速さで操り、一瞬にして四人分の極上の座席を確保します。
さらに大国主様は、神社の裏手に、漆黒に輝く日の本の最高級セダンを滑り込ませました。
アリアドネが、古代ギリシャの地には存在しない、黒く艶やかな鉄の獣のような乗り物に目を丸くしている間にも、素戔嗚尊様が後部座席のドアを開けてエスコートします。
大国主様が自らハンドルを握り、車は四人を乗せて出雲大社を後にしました。
車窓から流れる現代の出雲の景色を、イザナミ様とアリアドネは、驚きと好奇心に満ちた目で見つめています。
車は滑るように走り、あっという間に出雲縁結び空港へと到着したのでした。
出雲空港に到着すると、そこには近代的な建物と、現世の人間たちが慌ただしく行き交う不思議な空間が広がっていました。
大国主様の見事な手配により、用意されていたのは最上級の「ファーストクラス」の搭乗券。最優先で手続きが進んでいきます。
「おう。いつも悪いな、大国主」
素戔嗚尊様が気風よく労うと、大国主様は胸を張って爽やかに微笑みました。
「いえ、親父殿のためでしたらお安い御用です! ましてや今回は、三柱のお美しい女神様がご一緒なのですから、これくらい当然のことでございます!」
しかし、そんな男たちの頼もしいやり取りも、次の瞬間に鳴り響いた轟音によって完全に吹き飛ばされてしまいました。
滑走路の向こうから、地を揺るがすような、凄まじい轟音が響き渡ります。
キィィィィンと空気を切り裂く金属音と、空を震わせる咆哮。そして二人の視界に飛び込んできたのは、銀色に鈍く輝く、あまりにも巨大な「鉄の塊」でした。
それを見た瞬間、イザナミ様とアリアドネは、同時に顔を真っ青にしてその場にすくみ上がりました。
いつもご愛読いただき有難う御座います。
巨大な「鉄の鳥」の圧倒的な轟音に、女神二柱が完全にすくみ上がってしまいました。
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