第4話
本作は情景や心理描写を丁寧に描いているため、長めの文章構成になっています。
お忙しい方は、会話文「 」、キャラクター名、心の声( )を中心に追っていただくだけでも、テンポよくストーリーをお楽しみいただけます。
「大国主ちゃん!おるかえ?」
天照大御神様が、まるで近所の友人の家を訪ねるかのような気軽さで声をかけると、本殿の奥から「は、はいっ!」と慌てふためいた様子で大国主様が飛び出してきました。
「あっ、天照大御神様! どうされたのですか?! 高天原の主神たる貴方様が、このように突然現世にご降臨なされるなど……!」
大国主様は目を丸くして驚いています。しかし、その視線が天照大御神様の背後に佇む、えも言われぬ気品をまとった二人の美女へと移ると、さらに困惑した表情を浮かべました。
「そ、そして……こちらのお美しいお二人は、一体どなた様で……?」
「ふふーん。分からぬか?」
天照大御神様はいたずらっぽく胸を張ります。
大国主様は冷や汗をかきながら、二人の姿を交互に見つめました。
「と、仰られても……私の知る神々の中には、このような御方は……」
「さっき黄泉の理を壊してきたのじゃが、そなた感じなかったか?それでも分からぬかのう?」
「えっ? 黄泉の理を…………」
大国主様は一瞬、その言葉の意味が理解できずに固まりました。しかし、目の前の麗しい女神から放たれる、世界の根源に触れるような母性の神気に気づいた瞬間、その顔がみるみるうちに真っ青になります。
「ま、ま、ま、ままま、まさか……いっ、イザナミ様でいらっしゃいますか?! 汚れを祓われた、本来の……!」
「大正解ー! 偉いぞ!大国主ちゃん」
天照大御神様はパチンと指を鳴らして笑いました。イザナミ様も、その慌てようを見て、どこか楽しそうに口元を綻ばせています。
「妾たち、ちょっとお腹が空いておるのじゃ。この前ここで供えられてたあんみつを用意してくれぬか。出雲の美味しいぜんざいの餡子がたーーーっぷり入ったヤツをのう!」
「は、ははーっ! すぐに、すぐに3つご用意いたしまするーーーっ!」
日の本の最高神と、その姉である大母神、さらには見たこともない異国の姫君からの直々の頼みとあっては、出雲の主といえども逆らえるはずがありません。
大国主様は脱兎のごとく、大急ぎで特製のあんみつを用意するために奥へと走っていきました。
大国主様が息を切らせて運んできたのは、漆塗りの器に美しく盛られた特製のあんみつでした。
「あんみつ……とな。菓子の類かえ?」
イザナミ様は、何千年も遠ざかっていた現世の食べ物を前に、少女のように目を輝かせました。器の中を覗き込み、感嘆の声を漏らします。
「なんとまぁ……宝珠のような色合いではないかえ! 食べてしまうのが勿体ないのう」
艶やかな黒い餡、透き通った寒天、そして彩りを添える果実。それはまるで、現世の美しさをそのまま凝縮した宝石箱のようでした。
一方、ナクソス島の砂浜で倒れて以来、何も口にしていなかったアリアドネもまた、その未知の食べ物を信じられない心地で見つめていました。
「こ……こんなに美しいお菓子、初めて見ました。本当に、私が頂いてもよろしいのでしょうか……」
異国の、しかもつい先ほどまで死を覚悟していた自分が、このような神聖な場所で、神々の施しを受けてよいものか。
躊躇うアリアドネの背中を、天照大御神様が明るい声で押します。
「2人とも遠慮しなくともよいのじゃ! 大国主ちゃんが一生懸命、妾たちのために用意してくれたものじゃ!食わねばバチが当たると言うものじゃ!」
その言葉に促され、イザナミ様は胸をドキドキさせながら、匙ですくったあんみつをそっと口に含みました。
その瞬間でした。
上品で濃厚な餡の甘みと、現世の豊かな実りの味わいが、イザナミ様の口いっぱいに広がります。
優しく、どこまでも温かいその甘さに触れた途端、大粒の涙がぽろぽろとイザナミ様の美しい頬を伝い落ちました。
長きにわたる孤独と暗闇が、その一匙の甘みによって完全に溶かされていくかのようでした。
アリアドネもまた、震える手で匙を動かしました。
飢えに苦しみ、もはや二度と食べ物を口にすることなどできないと思っていた我が身。
そこに飛び込んできた、ギリシャの地でも味わったことのない至高の美味。
あまりの優しさと美味しさに、アリアドネの青い瞳からも、堰を切ったように涙があふれ出します。
二人は、涙しながら、ただただ静かにあんみつを食べ進めました。
「なんと……まあ……このような奇跡があるのじゃなあ……。妾が今まで食べたものの中でも、このような奇跡の味わいはなかったぞよ……」
「本当ですね……本当に、美味しいです……」
初めて口にするあんみつがもたらす、深く、優しい感動。二人は現世に還ってきた喜びを噛み締めながら、幸せな涙を流し続けていました。
その様子を、天照大御神様は我がことのように嬉しそうに、眩しい笑顔で見守っておられました。
涙を流しながらあんみつを美味しそうに食べるイザナミ様とアリアドネの姿を見て、天照大御神様は我がことのように嬉しそうに何度も頷いていました。
そして、何か素晴らしい名案を思いついたように、ポンと手を叩きます。
「うん。決めた!」
天照大御神様は満面の笑みを浮かべ、二人の顔を真っ直ぐに見つめました。
「お姉様! アリアドネちゃん! 今の日の本はの、美味しいものが、いーーーっぱいあるのじゃ! 2人とも、今まで辛かった分、いーーーっぱい今の日の本を楽しんでもらいたいわ!」
天照大神様のその力強い言葉に、イザナミ様とアリアドネは、涙を拭いながら驚いたように顔を上げます。
「妾が案内してもよいのじゃが……ふふん、もっと適任がいるから、ちょっと待ってておくれ」
天照大御神様はそう言うと、出雲の澄み切った青空へ向かって、お腹の底から声を張り上げました。
その声は、現世の山々や雲を震わせるほどの響きを持って響き渡ります。
「素戔ーーー! ちょっとこっちにきなさい!」
高天原を追放された後、この出雲の地を切り拓き、誰よりもこの大地の隅々までを知り尽くしている弟、素戔嗚尊。
現世の「美味いもの」や「面白いこと」を案内させるなら、確かに彼以上の適任はいません。
突然の姉からの大音量の呼び出しに、出雲の山々の向こうで、何やら慌ただしい気配が動き始めます。
天照大御神様の呼び声に応じて、遠くの地鳴りのような響きと共に、ズシン、ズシンと力強い足音が近づいてきました。
現れたのは、逞しい体躯に荒々しくも頼もしい神気をまとった男――天照大御神様の弟、素戔嗚尊様でした。
「おう、姉貴じゃねーか。なんだ急に大声で呼び出して……と、こちらの御二方は…」
素戔嗚尊様は出雲大社の本殿に並ぶ二人の美女に目を留めます。
いつもご愛読いただき有難う御座います。
大国主様の超特急あんみつエスコートから、イザナミ様とアリアドネちゃんの感動の涙、そしてスサノオ様が登場です。
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