第49話
本作は情景や心理描写を丁寧に描いているため、長めの文章構成になっています。
お忙しい方は、会話文「 」、キャラクター名、心の声( )を中心に追っていただくだけでも、テンポよくストーリーをお楽しみいただけます。
一方テセウスは、店員さんから手渡された地図を頼りに、賑やかな街の衣服店へと向かいました。
その場所に一歩足を踏み入れた瞬間、古代ギリシャの王を次なる凄まじい衝撃が襲います。
「なっなんなのだ?! この衣服の量は!!」
天井にまで届きそうな棚に、あらゆる色、あらゆる形の衣服が整然と信じられない数で並べられています。
王宮の宝物庫ですら見たことのない圧倒的な在庫の山を前に、テセウスは何をどうすれば良いのか全く分からず、完全に「お上りさん状態」で立ち尽くしてしまいました。
そんな彼に、店員さんが優しい笑顔で声をかけます。
「どうされました? お客様」
「おおっ、この凄まじくも壮麗な服の在庫に圧倒されておったのだ!
それはさておき……日常で使える服を何着か用意したい。
それに荷物を持ち歩ける物も欲しいのだ」
「かしこまりました。それでは、わたしがお客様に服をお勧めしてもよろしいですか?」
「うむっ、有難い! そうしてもらえるだろうか」
店員さんはテセウスの筋骨隆々とした見事な体型をひと目見ると、テキパキと動き出しました。
動きやすく丈夫なジーンズ、肌触りの良い機能性Tシャツ、そして旅に最適なジャケットなどを手際よく揃えていきます。
さらに、隣接するカバンや雑貨を扱うお店へ連れて行って、テセウスの大きな身体にぴったり合う、頑丈で大きめのリュックサックを勧めてくれました。
ボロボロだった比叡山の山籠り姿から一転、現代の機能的でスマートな旅人へと生まれ変わったテセウス。
胸元のICカードをタッチして会計を済ませると、店員さんに深く一礼をしました。
「本当に助かった……有難う!」
テセウスは、日の本の民のどこまでも親切で優しい導きに深く感謝しながら、新しいリュックを背負って意気揚々とお店を後にしました。
テセウスが地図を片手に次に向かったのは、隣接する書店でした。
この日の本では、衣服だけでなく「書籍」という知識の結晶も凄まじく充実していると聞き及んだからです。
そして自動ドアをくぐり、店内に足を踏み入れた瞬間――。
「なっなんだこの書籍の量はーーー!
……おっと。騒いではいかぬのだな。おほん!」
テセウスは、店員さんに教わった公共の場での礼儀を思い出し、慌てて口元を押さえました。
かつての粗野で残虐な王としての振る舞いを捨て、周囲に配慮して佇まいを正すことを覚え始めた彼は、少しずつ紳士的な旅人の顔になってきています。
彼は通りかかった店員さんへ、穏やかな物腰で尋ねました。
「この日の本を知るための旅をしておる。すまぬが、そのような書籍はあるだろうか」
「日本を知る旅ということは、きっと歴史なども書かれている硬派な本がいいですよね。
これなんか地図とご当地の歴史、そして食べ物屋さんなんかも載ってますよ」
海外からの熱心な旅行者だと思った店員さんは、日本の詳細な旅行ガイドブックや、歴史探訪の本が並ぶ書棚へと優しく案内してくれました。
「おおっ有難う! ではこちらを頂こう」
テセウスは、現代日本の叡智とあらゆる土地の美味が凝縮されたその本を、胸を躍らせながら購入しました。
一年の山籠りを経て、彼はただ胃袋を満たすだけでなく、この偉大な国の心と文化を学び取ろうと真摯に歩みを進めています。
その頃、京都の旧藩邸では――。
アリアドネが、素戔嗚尊様に手取り足取り教わった「いんたーねっと」を駆使して、液晶画面に映し出された現代のクレタ島やナクソス島の美しい写真を眺めていました。
「ふふん! テセウス様がどんな叡智が詰まった書籍を買おうとも、わたくしは今やこの世界を知る『あーつ(術)』をこの手に修めたのですわ!」
最高のマシーンを使いこなし、世界の最先端に触れている優越感から、アリアドネは胸を張って勝ち誇っていました。
ところが、天照大神様の細工を通じて、テセウスが購入したばかりのガイドブックをめくりながら、
「ほほう! これはすごい! なんと! こんなことがありうるのか?!」
と、各地の歴史や美しい城、そしてまだ見ぬB級グルメの知識に次々とハートを撃ち抜かれて感動している思念がリアルタイムで届いてしまいます。
アリアドネは「負けてなるものですか!」と対抗してキーボードを叩き、テセウスが見ている土地の情報を先回りして調べようと試みますが、なにぶん覚えたての機械。
画面が切り替わる速度や指の操作がどうしても追いつきません。
そして、やはりというべきか、いつもの最高にキュートな予定調和が始まりました。
「キィーーーっ! テセウス様がこの日の本を知ろうとする速さに追いつけませんわ!!
悔しいですわーーーっ!!!」
悔しさと不甲斐なさで地団駄を踏むアリアドネの絶叫が、今日も京都の藩邸に賑やかに木霊していました。
本を手にして日本の広大さに目を開き始めたテセウス。
隣で素戔嗚尊様が「まあまあ、焦らなくて大丈夫だって」と苦笑しながら見守る中で悶絶するアリアドネでした。
テセウスが地図を片手に次に向かったのは、現代日本の宿泊施設でした。
「先ずはこの薄汚れた身なりを正し、周囲に不快感を与えないようにするという気遣いが必要なのだったな!」
一年の山籠りを経て、日の本の民の優しさに触れた彼は、かつての傲慢な略奪者ではなく、他者を慮る真の紳士としての第一歩を踏み出そうとしていたのです。
街を進むと、夜の明かりの中に「INN」と書かれた巨大な建物がそびえ立っていました。
テセウスは思わず「なっなんと!」と言いかけましたが、すぐに「おほんっ!」と喉を鳴らして佇まいを正し、ホテルの自動ドアをくぐりました。
フロントでICカードをピッとかざしてチェックインを済ませ、案内された部屋へ。
そこは決して広くはありませんでしたが、ベッドも机も驚くほど清潔に、そして整然と整えられていました。
テセウスは日の本の洗練された空間に敬意を払うように、静かに身の回りのものを整えていきました。
そして、バスルームへと向かいます。
備え付けのカミソリで伸びきった髭を綺麗に剃り落とし、シャンプーで身体と髪を徹底的に洗い流しました。
仕上げに、肩まで伸びた美しい髪を後ろで一つに結い上げます。
鏡の中に現れたのは、一年の試練を経て余計な脂肪が削ぎ落とされ、まるでミケランジェロの彫刻の如き圧倒的な美しさを放つ絶世の美男子でした。
新調した清潔な服が、その強靭な肉体をいっそう引き立てています。
身だしなみを完璧に整えたテセウスは、再び一階のフロントへと向かいました。
いつもご愛読いただき有難う御座います。
彫刻のような絶世の美男子へと生まれ変わったテセウス。一方、アドネが今日も元気に悶絶中。
「テセウスの変貌は山籠りという最強エステのせい」、「チョロインと化した悶絶アリアドネ」と思った方は【評価(★)、ブックマーク登録】をお願いします。




