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どちら様ですか?~ナクソス島に置き去りにされたギリシャ王女、日本の神々に溺愛されました~【第一部完結済】  作者: 夜見猫
第五章 テセウスのB級グルメ旅とアリアドネの受難

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第47話

本作は情景や心理描写を丁寧に描いているため、長めの文章構成になっています。

お忙しい方は、会話文「  」、キャラクター名、心の声( )を中心に追っていただくだけでも、テンポよくストーリーをお楽しみいただけます。

「え、えっ、駅員さん! こんなことってあるんですか?! ICカードのチャージ上限って確か2万円じゃ……!」


男が泡を食って尋ねると、駅員さんはテセウスをちらりと見ながら、やれやれと肩をすくめました。


「あー……時々ね、国土交通省がハイパーVIP用に上限解除して出してる特別仕様のやつがあるんだよね。滅多に見ないけど。あーお兄さんギリシャの人?ドラクマだと…1800万ドラクマだね。あっ今ユーロか。」


国をも動かす神々の手配が、現代の日本の役所を完全に通過していたようです。駅員さんの言葉を聞いたバックパッカーの男はテセウスを仰ぎ見ました。


「お、お兄さん……ただのボロボロの浮浪者かと思ったら、ハイパーVIPだったんですか……」


1,800万ドラクマという軍資金を手にしてしまったテセウス。


己の小ささを知るための旅のはずが、いきなり日の本の神の財力を突きつけられることとなりました。


実は、現代の価値では1,800万ドラクマは1,000万円程度ですが、古代ギリシャでは1ドラクマが1日分の日当でした。


それを当時の価値に換算すると実に1,800億円!テセウスは日の本の神は財力まで桁違いなのか!と壮大な勘違いをしてしまったのです。


「なっなんと! そっそのような畏れ多い……1,800万ドラクマだと?!」


桁違いの大金を前に、テセウスは我が目を疑い、激しい衝撃に襲われました。


アテナイの王として一国を統べていた彼ですら、このプラスチックの小板一枚に国庫の如き富が宿っているという現実には、ただただ圧倒されるばかりです。


「……アリアドネ……いや……アリアドネ様。そしてその力を授けし日の本の神々よ……。


我は……我にそのような慈悲をかけていただく権利などございません……。しかし……」


テセウスは震える手で、マントの奥からあの手紙を再び取り出しました。


 この日の本の国を旅しなさい

 そして己の矮小さを知りなさい

 さようなら


かすれた「さようなら」の文字が、己の過去の過ちを証明するようにチクリとテセウスの胸を刺します。


しかし、今の彼の目には、もうかつての傲慢な光はありませんでした。


「この日の本を知り、己の矮小さを知る……。心得ました……。


貴女様の真心……受け取らせていただきましょう」


テセウスはICカードを愛おしそうに、そして畏れ多く胸元へと仕舞い込み、静かに目を閉じました。


その頃、京都の旧藩邸では――。


「おっ、1年ぶりに動きがあったようじゃ!」


天照大御神様が、ニヤニヤとお転婆な笑顔を浮かべながら手元の空間を指さしていました。


実は、テセウスが日の本の民に牙を剥かぬよう、天照大神様が彼のICカードに「何をしているか全てキャッチできる神の細工」を施していたのです。


その細工を通じて、駅の券売機の前で、テセウスが涙をのんで過去を悔い、アリアドネへの感謝と敬意を捧げている真っ直ぐな想いが、リアルタイムで届きました。


このように現実に生きている我々も神々に見られてるようです。


「ふむ。日の本の民に悪さをせぬかだけが心配ではあったが、その心配はなさそうじゃな」


イザナミ様が、温かいお茶をすすって穏やかに微笑まれます。


「ええ……本当に良かったですわ」


アリアドネもホッと胸をなでおろしていました。


 ぐうー……


一年の山籠りを終えたテセウスの頑強な胃袋が、正直な音を立てて悲鳴を上げました。


「そう言えば、この地に来てから何も食ってなかったな。この不思議なカードを使えば何でも買えるという。早速、恩恵に預からせてもらうか」


駅の改札を出ると、どこからか出汁の芳醇で力強い香りが、腹を空かせた彼を誘うようにふわりと漂ってきます。


その香りに導かれるように歩を進めた先には、古き良き日の本の佇まいを残す食堂の暖簾が揺れていました。


テセウスは緊張の面持ちで暖簾をくぐり、近くにいた店員さんへ、胸元から取り出したプラスチックの小板を見せながら、丁寧に確認を入れます。


「すまぬ。ここでこのカードは使えるのだろうか?」


「はい! 使えますよ! 海外からの旅行の方かい? さあ、どうぞお座りください!」


店員さんの威勢が良く、どこまでも温かい笑顔に迎えられます。


「うむ、有難う」


案内されるがままに飴色の木製テーブルの席へと腰掛けました。


卓上に置かれたメニューを開いた瞬間、テセウスの瞳が子供のようにキラキラと輝き始めます。


色鮮やかな写真の数々は、古代ギリシャの宮廷料理ですら見たことのない、暴力的なまでの美味を予感させるものばかりでした。


「この『おやこどん』とやらの、なんと美味そうなことよ。


ヌードルも、そばとうどんという2種類があるのか……」


メニューの文字を不器用に指で追いながら、テセウスは店員さんに声をかけます。


「すまぬ、注文を。この『おやこどん』、そして『そば』と『うどん』を頼む」


「はいよ! お客さん、筋骨隆々で立派な身体をしてるからねぇ、それくらいペロリといけちゃうね!


お客さん、蕎麦は冷たいのを、うどんはあったかい方がおすすめだが、それでいいかい?」


「うむ。お任せするとしよう」


「はいよっ! 特製親子丼に、冷やし蕎麦、温かいミニうどんのセットね! 少々お待ちを!」


店員さんが厨房へと威勢よく声を飛ばすと、店内に充満する甘辛い醤油と、削り節の極上の香りがさらに色濃く立ち上り始めました。


初めて体験する日の本の「お食事処」の活気と、鼻腔を容赦なくくすぐる芳しき香りの数々。


テセウスは胸の奥から湧き上がる、ワクワクとする純粋な衝動をどうしても止められずに、じっと料理の到着を待ち焦がれています。


テセウスの目の前に、湯気を美しく立ち上らせる親子丼、ツヤツヤと輝くざるそば、そして透き通ったお出汁が注がれた温かいうどんが綺麗に並べられました。


「海外のお客さん、スプーンとフォークは使うかい?」


店員さんの親切な申し出に、テセウスは思わず「おおっ、それは助かる」と手を伸ばしかけました。


しかし、その刹那、彼の脳裏にアリアドネのあの手紙の文字が鮮烈に蘇ります。


(いや、待てよ……? この日の本を知り、己の矮小さを知る……)


テセウスは伸ばしかけた手をピタリと止め、真摯な眼差しを店員さんへと向けました。


「店員よ、つかぬことを聞くが、この国では食事にスプーンとフォークを使うのか?」


「ははっ、日本人はほとんど使わないね。大体この『箸』で食事をするのさ」


「うむっ! ならば我も箸を使おう! 日の本の民の流儀に倣わずして、この国を知ることなどできぬ!」


テセウスは店員さんにお願いして不器用ながらも必死に箸の持ち方を教わりました。


大きな手をプルプルと震わせながら、懸命に二本の木棒を操り、まずは黄金色に輝く親子丼へと箸をつけ、大ぶりの鶏肉とトロトロの卵をご飯ごと口へと運びます。


いつもご愛読いただき有難う御座います。

1,800万ドラクマで親子丼・蕎麦・うどんの豪華セットへと挑むテセウス。


「1,800億円あったら旅もギリシャ戻るのも辞めるわ」と思った方は【評価(★)、ブックマーク登録】をお願いします。

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