第37話
本作は情景や心理描写を丁寧に描いているため、長めの文章構成になっています。
お忙しい方は、会話文「 」、キャラクター名、心の声( )を中心に追っていただくだけでも、テンポよくストーリーをお楽しみいただけます。
天照大神様が美しく透き通ったクエのお刺身をポン酢に少し浸し、豪快にお口へ放り込みます。
じゅわぁ……。
「っ……! 美味いーーーっ!! 淡白な見た目なのに、噛むほどにもの凄く濃厚な上品な旨味が溢れてくるのじゃ!!」
主神の身体から、幸せな純白の光がふわりと放たれます。
「お姉様、アリアドネちゃん、このお鍋の身も最高に美味いぜ。皮の周りのプルプルしたゼラチン質がたまらねえんだ」
素戔嗚尊様がクエの身を鍋からすくい、皆の小皿へと取り分けます。
「……まぁ……! このプルプルとした食感、まことに濃厚で、お肌が一段と潤うような極上の味がするのう……」
イザナミ様も熱々のクエ鍋の身をハフッと口に運び、うっとりと瞳を潤まされます。
これまでのB級グルメとはまた違う、現世の洗練された高級魚の深みに心底蕩けていらっしゃいます。
「んんんん〜〜〜〜っ!! おいしい……おいしいですわ、素戔嗚尊様!! お魚なのに、まるでお肉のようにジューシーで食べ応えがありますわーーーっ!」
アリアドネも、すっかり神気にも馴染んだ健気な笑顔で、夢中になってクエの身を頬張ります。
「おっと、まだお楽しみは残ってるぜ。このクエのダシが死ぬほど出たスープで作る、締めの雑炊がこれまた格別なんだ」
素戔嗚尊様が手際よくご飯と溶き卵を鍋に投入し、男らしく完璧な雑炊を完成させます。
クエの旨味を吸い尽くした熱々の雑炊をサラサラと口に掻き込むと、四人の口内は極限の幸福感で満たされました。
天照大神様もお姉様もアリアドネも、お茶碗の底を綺麗にするまで一気に平らげ、気づけばあれほど贅沢だったクエのフルコースは、一滴のダシすら残らず完食されてしまいました。
「はぁぁぁ……大満足、大満足じゃ! 幻の魚と呼ばれるだけはあるのう……」
天照大神様がふぅと幸せなため息をつき、イザナミ様とアリアドネも、お腹いっぱいになってすっかり満足感の余韻に浸っていました。
白浜の絶品クエ料理を完璧に攻略し、お腹も心もこれ以上ないほど満たされた一行。
(そういやここのところB級じゃないメシもくってるけど、何も言われないしいいよな)
素戔嗚尊様がそんなことを考えながら、今夜は念願の温泉へとお酒もって入って行きました。
極上のクエ料理をお腹いっぱい堪能したあと、夜の温泉には、やはりというべきか、とんでもないハプニングが待ち受けていました。
広大な海を一望できる絶景の露天風呂に肩までどっぷりと浸かり、解放感から「ふふ〜ん、ふふ〜ん♪」と機嫌よさそうに鼻歌を歌っていらっしゃいました。
湯けむりの向こうから、別の湯治客が静かに歩いて入ってきます。
ここの名物といえば、大自然の海と一体になれる、湯あみ着を着用して入る「混浴」の露天風呂。
そんな現世のシステムをどこかで小耳に挟んだのか、あるいはただ湯を求めて歩いてきたのか――。
なんと、湯あみ着を身にまとったイザナミ様が、何事もなかったかのようにすうっと湯船に足を踏み入れ、素戔嗚尊様のすぐ横へとちゃぷんと静かに浸かられたのです。
「…………??!っ?!!!」
鼻歌がピタリと止まりました。
巨躯の闘神・素戔嗚尊様は、あまりの衝撃に言葉を失い、完全にフリーズしてしまいました。
何が起こったのか、目の前の光景が現実なのかすら分かっていないご様子です。
湯けむりの中に浮かび上がる、呪いを完全に祓われて神代のみずみずしさを取り戻した、イザナミ様の息を呑むほどに美しいお顔。そして妖艶な大人の気品。
「ふぅ……。ほんにここの湯も、目の前に海が広がってまこと極楽じゃのう、素戔」
大母神はそんな弟の限界突破した大混乱などどこ吹く風で、ふぅと艶やかなため息をつきながら、白浜の夜風に目を細めていらっしゃいます。
すぐ隣から漂う、温泉の香りと混ざり合う大母神の圧倒的な神気と甘い吐息。
あまりの至近距離での混浴ハプニングに、素戔嗚尊様は心臓が爆発せんばかりにバクバクと鳴り響き、お湯の熱さとは違う意味で顔が真っ赤に染まっていきます。
「ふふっそんなに緊張するでない。奇稲田姫を悲しませるようなことはせぬわ」
カチカチに固まってしまっている素戔嗚尊様を見つめ、イザナミ様が湯けむりの中でクスクスと艶やかに微笑まれます。
そのお声は、波の音に混ざり合ってどこまでも優しく、そして鼓膜を心地よく揺らします。
「そなたのような逞しく、優しいおのこがおるとどうも揶揄いたくなってしまうのじゃ」
大母神の圧倒的な「妖艶な大人の気品」が、至近距離から湯気とともにふわりと素戔嗚尊様を包み込みます。
闘神の心臓はさらに激しくバクバクと鳴り響き、頭の中はもう限界を突破して発火しそうなほどです。
しかし、イザナミ様はさらに艶やかな視線を重ね、そっと言葉を続けられました。
「しかし…妾も女じゃ。そなたのようなおのこになら…抱かれてみたいものよのう…」
夜の白浜の海を背景に、大母神の口から零れ落ちた、あまりにも情熱的で、だけどどこか切なさを孕んだ吐露。
一瞬、時が止まったかのような静寂が露天風呂を支配します。
素戔嗚尊様はあまりの衝撃に息を呑み、声すら出せずにただただ石のように固まるしかありません。
「ふふっ。戯れじゃ。許したも」
素戔嗚尊様を完全にノックアウトしたのを見届けると、イザナミ様は最後にかわいらしく、そして悪戯っぽく微笑まれました。
そして、ちゃぷりと静かに湯を割って立ち上がると、抜群のスタイルを湯あみ着に包んだまま、何事もなかったかのように優雅に湯船を出て行かれました。
極上の夜風が、大母神の去ったあとの湯面をさらさらと揺らしていきます。
露天風呂に一人ポツンと遺された素戔嗚尊様は、お湯の熱さか、あるいは今の一言の破壊力か、顔をこれ以上ないほど真っ赤に染めたまま、はみ出しかけた魂をなんとか引き戻そうと呆然と夜空を見上げていました。
(お、お姉様……戯れにしては、刺激が強すぎるぜ……っ。奇稲田、本当に俺は何もしてねえからな……っ!)
昨夜の凄まじい衝撃に「最初は眠れないのではないか?」と自分でも思っていた素戔嗚尊様でしたが、伊勢神宮からほとんど不眠不休で車を運転し続けた強烈な疲労と、白浜の極上の名湯がもたらす極上の癒やし効果が合わさり、気づけば泥のように深く眠りについていました。
いつもご愛読いただき有難う御座います。
絶品のクエ料理フルコースの後は、イザナミ様の強烈な揶揄い?!
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