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どちら様ですか?~ナクソス島に置き去りにされたギリシャ王女、日本の神々に溺愛されました~【第一部完結済】  作者: 夜見猫
第三章 神々と行く!B級グルメ東海道の旅

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第35話

本作は情景や心理描写を丁寧に描いているため、長めの文章構成になっています。

お忙しい方は、会話文「  」、キャラクター名、心の声( )を中心に追っていただくだけでも、テンポよくストーリーをお楽しみいただけます。

午前11時となり、ついに「まぐろ丼屋さん」の暖簾がパッと掲げられました。


しかし、アリアドネは一睡もできぬまま瞳を血走らせ、ぶつぶつと呟いています。


「あっ、あり得ませんわ……。オリュンポスの神々、アポロン様でさえ馬車を駆ってようやく太陽を御すことができると聞いておりましたが……


なんですの!? あの、指先でヒョイっと動かしてしまう超規格外の力は……!?」


一晩中一人で悶々と現実改変の恐怖と戦っていた妹分の姿に、素戔嗚尊様がハハッと笑いました。


「アリアドネちゃんはあの手の力を見るのは初めてだったな。姉貴もお姉様も、あんな規格外の力を持ってるのさ」


「すっ、素戔嗚尊様もあのような……あのような規格外のお力を、お持ちなんですか……!?」


アリアドネが、すがるような、あるいは恐怖に震えるような潤んだ瞳で素戔嗚尊様を見上げます。


「ん? んー、俺は馬鹿力だけだよ」


素戔嗚尊様が太い腕を頭の後ろに回し気さくに笑ってみせました。


「そっ、そうですか……。素戔嗚尊様がミノタウロスや黄泉の鬼よりも遥かにお強いことは、十二分に理解しておりますが……なんだか、どこかホッとしてしまいますわ……」


世界そのものを指先で弄ぶような恐ろしさがないことに、ギリシャの王女はようやく胸をなでおろし、安堵の笑顔を見せます。


「ははっ。まあ俺は平凡な神だからなぁ」


かつて八岐大蛇を退治した闘神であり、地上を支えるアトラスの如き神羅万象そのもののような神気を持ちながら、そう言って肩をすくめる素戔嗚尊様。


その謙虚で頼もしい紳士ぶりに、アリアドネは憧れの眼差しを向けています。


その横では、天照大神様が「ふわぁ……よく寝たのじゃ!」と背伸びをし、イザナミ様も「ほんに、良い目覚めじゃのう」と、何事もなかったかのように笑みを浮かべて服を整えていらっしゃいます。


「それよりほれ、お店が始まったぜ」


素戔嗚尊様が男らしく皆を促ます。


ついに、待ちに待った那智勝浦の生マグロを味わう一歩が始まります。


「まぐろ丼屋さん」の暖簾をくぐると、そこには日の本の古き良き港町の活気と、どこか懐かしい昭和の温もりがそのまま残る、最高の情景が広がっていました。


壁一面にズラリと貼られた、年季の入った手書きのメニュー短冊。


地元・那智勝浦の漁師たちに長年愛されてきたことを物語る、飴色に磨かれた木製のテーブルとパイプ椅子。


そして何より、厨房の奥から漂ってくる、お醤油の芳ばしい香りと、炊きたての白米の温かい湯気が、四人の鼻腔を優しく、しかし猛烈に刺激します。


「おおっ! ここが素戔の申しておった生マグロの聖地じゃな! 活気があって、まことそそる佇まいではないか!」


天照大神様が瞳を輝かせながら、店内の賑やかな雰囲気に早くも大興奮されています。


「ふふ、潮の香りと、この気取らぬ現世の空気……。まこと心地よいものじゃのう。のう、アリアドネちゃんや」


イザナミ様も、椅子に腰掛け、嬉しそうに目を細めていらっしゃいます。


「は、はい……! なんだか、とても活気があって、お魚への期待が膨らみますわ……!」


一睡もできず目を血走らせていたアリアドネでしたが、店内に一歩足を踏み入れた瞬間に、そんな疲れも吹き飛ぶほどの、港町ならではの温かい熱気にすっかり包み込まれていました。


「おっしゃ、ここは冷凍を一切してねえ、本物の『生マグロ』が食える場所だ。みんな、腰を据えて最高のマグロを楽しもうじゃねえか」


巨躯を少し窮屈そうにパイプ椅子に沈めながら、素戔嗚尊様がお茶を手際よく配りながらメニューを開きます。


「お待たせしました、特製マグロ丼です!」


店員さんの威勢の良い声とともに、四人の目の前に漆黒の丼が静かに置かれました。


蓋を開けた瞬間、そこに広がっていたのは、芸術品のように美しく敷き詰められたマグロの海。


一切の冷凍をしていない那智勝浦の「生マグロ」は、深いルビーのような鮮烈な赤身、そして極上のグラデーションを描く中トロが、店内の明かりを反射して瑞々しく妖艶に輝いています。


「なっ……! なんじゃこの透き通るような美しさは!? これが、生マグロかえ……!」


天照大神様が息を呑み声を震わせます。


素戔嗚尊様が「姉貴、わさび醤油を回しかけて、豪快にいっちまいな!」と男らしく促すと、主神は待ちきれず箸を突き立て、大ぶりの切り身をご飯ごと口へと運びました。


「っ……! ぬ、美味いーーーっ!! 歯ごたえが信じられぬほど滑らかで、噛むほどにマグロ本来の濃厚な生命の旨味が溢れてくるのじゃ!!」


天照大神様の体からまばゆい純白の光がふわりと放たれます。


冷凍を一度も挟まないからこその、ねっとりとした極上の舌触りと、白米との完璧なマリアージュに、主神はただただ「美味い、美味い」と猛烈に箸を動かします。


「……おお……。口に入れた瞬間に、脂が体温でスッと溶けて消えてしもうた……」


イザナミ様も、中トロの一片を艶やかな唇に運んだ瞬間、そのあまりのみずみずしさと至高の美味さにうっとりと瞳を潤まされました。


黄泉の孤独を完全に忘れ去るような海の恵みに、心からの幸せを噛み締めていらっしゃいます。


そして、天照様のせいで眠れなくなってしまったアリアドネ。


教わった通りにフォークとスプーンでマグロをご飯ごとハフッと頬張りました。


「んんんん〜〜〜〜っ!! おいしい……おいしいですわ、素戔嗚尊様!! お肉のように濃厚なのに、後味が驚くほどさっぱりしていて、何杯でも食べられてしまいそうですわーーーっ!」


一晩中現実改変の力に悶々としていた疲れなど、この鮮烈な美味の一撃の前に一瞬で消し飛びました。


瞳をキラキラと輝かせながら、最高にキュートな笑顔で夢中になって丼を抱え込みます。


「だろ? これが生の威力よ。冷凍じゃ絶対にこのねっとり感は出ねえんだ」


静かな感動と活気ある店内の音が混ざり合う中、四人の箸は止まることを知らず、気づけば大盛りの丼は、米一粒、タレの一滴すら残さず綺麗に空っぽにされてしまいました。


「はぁぁぁ……大満足、大満足じゃ! 太陽を動かした甲斐があったというものじゃな!」


「姉貴、それは余計だったっての!」


天照大神様がぷはぁとお茶をすすりながらお腹をさすり、素戔嗚尊様のツッコミに車内さながらの賑やかな笑い声が響きます。


イザナミ様もアリアドネも、温かいお味噌汁を飲み干し、口いっぱいに広がる生マグロの奇跡的な余韻に包まれながら、完全に骨抜きにされた様子で幸福感に浸っていました。


いつもご愛読いただき有難う御座います。

一睡もできずパニックだったアリアドネですが、大満足のランチタイムとなりました。


「天照様、太陽動かしたから美味いマグロにありつけた感出してるけど、テヘペロしてなかった?」と思った方は【評価(★)、ブックマーク登録】をお願いします。

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