第33話
本作は情景や心理描写を丁寧に描いているため、長めの文章構成になっています。
お忙しい方は、会話文「 」、キャラクター名、心の声( )を中心に追っていただくだけでも、テンポよくストーリーをお楽しみいただけます。
店内に満ちているのは、極上の肉の脂が炭火に落ちて立ち上る、脳髄を直接揺さぶるような芳ばしく甘い、圧倒的な香りの渦。
やがてテーブルに運ばれてきたのは、まるで芸術品のように美しいピンク色の身に、細やかな白いサシが芸術的な網の目のように入った、見事な松阪牛の肉皿でした。
「なっ……なんなんじゃ、この美しい肉は!? 妾の知っておる肉とは、色も佇まいも何もかもが違いすぎるぞ!」
天照大神様が目を皿のようにして、お転婆な声をあげて驚愕します。
「素戔嗚尊様……これが、松阪牛……。こんなに美しいお肉、ギリシャの王宮でも見たことがありませんわ……!」
アリアドネも瞳をキラキラと輝かせ、頭の上に感動の「!!!」を浮かべています。
「ふふ、これほど見事な霜降り、焼く前から美味いことが約束されておるようなものじゃな……」
イザナミ様もゴクリと美しい喉を鳴らされました。
「おっしゃ、焦がさねえように焼いてやるからな。まずはこの特上カルビからだ!」
素戔嗚尊様がトングを手に、慣れた手つきで肉を網の上へと載せます。
じゅうううううっ……! という最高の音とともに、松阪牛の上質な脂が炭火で炙られ、部屋中に極上の香りが爆発的に広がりました。
サッと両面をレアに炙った肉を、素戔嗚尊様が手際よく皆の小皿へと取り分けます。
まずは天照大神様が、タレを絡めて熱々のままお口へ。
「っ……! ぬ、ぬおおおおおっ!! なんじゃこれはっ!? 噛んでおらぬ、噛んでおらぬのに、お肉が口の中でフワッととろけて、極上の旨味だけを残して消えてしもうたわーーーっ!!」
主神の体からまばゆい純白の光が溢れ出さんばかりの大絶叫。
その圧倒的な美味さに、豪快に白米をかき込みます。
「おお……! なんと瑞々しく、濃厚で、それでいて上品な脂なのじゃ……」
イザナミ様も一口含んだ瞬間、あまりの衝撃にうっとりと瞳を潤ませて蕩けてしまわれました。
黄泉の闇を忘れさせる現世の至高の力、その極みがこの一枚に凝縮されています。
「んんんん〜〜〜〜っ!! おいしい……おいしすぎますわ!素戔嗚尊様!! お肉の繊維がシルクのように滑らかで、甘い肉汁が口いっぱいに広がりますわーーーっ!」
アリアドネはお肉が大好きなだけに、もう完全にノックアウト寸前。
キュートな笑顔で夢中になって次から次へと肉を頬張ります。
「だろ? この松阪牛の旨さは日の本一、いや世界一だからな!」
素戔嗚尊様が、タン、ロース、ハラミと、至高の肉を次々と完璧な焼き加減で焼肉奉行を務めてます。
お肉の圧倒的なボリュームと、松阪牛の言葉を失うほどの美味さに、三柱と一人はきゃっきゃと歓声を上げながら、完全に骨抜きにされ、蕩けきってしまいました。
気づけば、並んでいた肉皿はすべて綺麗に空っぽになり、四人はお腹も心もこれ以上ないほどの極上の幸福感で満たされていました。
「はぁぁぁ……これぞ極楽、これぞ天上の宴じゃ……」と天照大神様が幸せそうに椅子に深く体を預ます。
「さて、姉貴よ。ここまで来たからには、一度伊勢に寄って留守を預かる皆を労ってやらなきゃなぁ」
素戔嗚尊様が「もちろん行くよな?」という確信に満ちた口調で、車の進路を南へと変えて促します。
「ふむう…スルーしたかったのじゃがそうもいかぬかのう…」
後部座席の天照大神様は、口を尖らせて、面倒くさそうにぶつぶつと文句を溢していらっしゃいます。
せっかくの楽しいB級グルメ旅の途中で、現実の「仕事(主神としての役目)」に引き戻されるのがじれったくて仕方のないご様子です。
車はやがて、厳かな緑に囲まれた伊勢の聖地へと滑り込んでいきました。
まずは外宮のすぐ脇を通り過ぎる、その一瞬のこと。
窓を開けた天照大神様が、袖を大きく振って叫びました。
「豊受ー! やっほー! 妾じゃよーーー!」
食事を司る豊受大御神様は、まさか主神が高級セダンの後部座席から手を振ってくるとは夢にも思わなかったのでしょう。
そのお姿を目撃した瞬間、驚愕のあまり完全に言葉を失い、石のように固まっていらっしゃいました。
「はあー…帰ってきちゃった……」
すっかり気怠そうなため息をつきながら、天照大神様は伊勢の内宮、ご自身の本宮へと足を進めました。
イザナミ様やアリアドネ、そして素戔嗚尊様が見守る中、主神の足元からまばゆい純白の光がふわりと立ち上ります。
本宮の奥へと進んだ天照大神様の放つ神威が最高潮に達した瞬間、周囲の空間がぐにゃりと歪み、四人はそのまま高天原へと時空転移してしまわれました。
留守を守る八百万の神々への挨拶と、主神としての帳尻合わせのために、一時的に神の領域へと引き戻されたのです。
「わ、わわわわわっ……!? 景色が、一瞬で変わってしまいましたわーーーっ!?」
アリアドネは、その瞳を限界まで丸くしています。
未知の神々の領域に足を踏み入れ、驚きと緊張で素戔嗚尊様の袖をぎゅっと掴んでしまいました。
「ふふ、懐かしいのう。」
一方、イザナミ様は、かつて自分も深く関わっていた高天原の神々しい景色をのんびりと見渡していらっしゃいます。
そして周囲には、主神の突然の帰還(しかも現世の服を着ている)に大混乱している八百万の神々の姿が見え隠れしています。
「あー…皆の衆。大義である。妾の留守をよう預かってくれておる。有難う。じゃ妾はこれで」
高天原の神聖な広間に降り立つなり、天照大神様は早くも京都へのB級グルメ旅に戻りたそうに手をヒラヒラと振って帰ろうとします。
「ちょっちょっ、ちょっと待ってくだされー! 天照大神様!」
八百万の神々を代表して、慌てふためいた神が必死に主神の前に立ちはだかりました。
「あなた様が黄泉の理を壊してしまったおかげで、亡者?なのか天使なのかわからぬ出立ちをしたものがウロウロしてるのです! このもの達の処遇を決めていただかねばなりませぬ! なんとかしてくだされ!」
ギリシャからペルセポネの祈りで導かれたアリアドネの存在や、天照大神様の至高の光で黄泉の呪いが消滅した結果、あの世とこの世の境界で迷子になった魂たちが、高天原の周りにまで溢れかえってしまっているようです。
「えー…良きに計らってよー。今現世少子化なんだからお金持ちのところにいっぱい生まれ変わらせてあげればいいじゃない…。
地獄の連中も妾が炙ったんだから業火に晒さなくたって皆魂はピカピカでしょ?」
天照大神様はめんどくさそうに口を尖らせながら、あまりにもあっけらかんと、しかし「至高の光で全て祓われたのだから罪は残っていない」という、深遠で確信を突いた神理の判断をポンと下されました。
いつもご愛読いただき有難う御座います。
松阪牛の至高の焼き肉に蕩けた一行は、立ち寄った伊勢から高天原へ一時帰還しました。天照様の無茶振りが光ります。
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