第32話
本作は情景や心理描写を丁寧に描いているため、長めの文章構成になっています。
お忙しい方は、会話文「 」、キャラクター名、心の声( )を中心に追っていただくだけでも、テンポよくストーリーをお楽しみいただけます。
「はぁ……大満足じゃ。日の本の鰻というのは、どこまで妾たちを驚かせるのじゃ……」
天照大神様が幸せそうにお腹をさすり、イザナミ様とアリアドネも、温かいお茶をすすりながら、口いっぱいに広がる香ばしい余韻に浸っていました。
豊橋の櫃まぶしを綺麗に平らげ、エネルギーに満ちあふれた一行を乗せて、車はさらに西へ、愛知の中心地・名古屋へと滑り込んでいきます。
心地よい揺れの中、後部座席からふわりと、イザナミ様の艶やかな視線がバックミラーの素戔嗚尊様に注がれました。
「しかし…素戔よ。こんなに精をつけて妾達にどうせよというのじゃ?」
大母神の、悪戯っぽくも妖艶な大人の魅力全開の仕掛けが、再び運転席を襲います。
「どうもしません! お姉様頼むから弄らないでくれー!」
ハンドルを握る手がほんの少し震え、必死に応じる素戔嗚尊様。
「ふふっ、アリアドネちゃんや、素戔がこう言っておる。このように誠実に奥方へ義理を果たそうとするおのこが見つかると良いのう」
イザナミ様はクスクスと笑いながらアリアドネへ優しく語りかけます。
「はいっ! 素戔嗚尊様のような、強くてどこまでも優しくて、奥様を世界一大切にするおのこ……わたくしもいつか出会いたいですわ……!」
アリアドネは瞳をきらきらと輝かせ、真っ直ぐな憧れを口にして健気に自爆(?)しています。
「ところで――」
イザナミ様はさらに艶やかな笑みを深くされ、隣の主神へと視線を移しました。
「天照はそんなおのこはいないのかえ?高御産巣日神様なんぞ確かそなたをよう助けてくれておったじゃろう」
神代からの頼れる最高幹部の名を不意に挙げられ、これまで弟を容赦なく弄り倒していた天照大神様が、一瞬で固まりました。
まばゆい純白の光を放つお転婆な主神が、珍しく顔をぽうっと林檎のように赤らめています。
「な、なんじゃイザナミお姉様、突拍子もないことを……! 妾とタカミムスビは、ただの古くからの仕事仲間じゃ! 相談役じゃ! 何も変な関係などないわーーーっ!」
いつもの破壊力あるツッコミではなく、少女のように慌ててそっぽを向く天照大神様。後部座席で繰り広げられる、お姉様方の思いがけない恋バナ(?)に、アリアドネは興味津々で目を輝かせています。
「へえ、姉貴がそんな顔すんのは珍しいな……」と、今度は素戔嗚尊様がちょっと嬉しそうに笑います。
いつもと立場が逆転し、天照大神様が赤面してそわそわしている車内。
車はいよいよ名古屋の市街地へと近づいていきます。
素戔嗚尊様の案内により、一行は名古屋を代表する「味噌煮込み土鍋うどんの老舗」へと到着しました。
店内に一歩足を踏み入れた瞬間、地元・愛知が誇る八丁味噌と芳醇なダシが融合した、どこまでも濃厚で力強い香りが四人を包み込みます。
やがて、四人の目の前に運ばれてきたのは、小さな穴のあいていない独特な土鍋。
器の隙間から、グツグツ、ボコボコと沸き立つ凄まじい熱気と、お味噌の芳ばしい湯気がこれでもかと立ち上っています。
「素戔嗚尊様、この土鍋の蓋には空気の穴がありませんわ……?」
「おう、この蓋はな、穴がないだろ? こいつを取り皿代わりにして、熱々のうどんを載せてフーフーしながら食うのが名古屋の粋なスタイルなんだぜ。さあ、火傷しねえように気をつけて蓋を開けてみな!」
素戔嗚尊様が指南すると、天照大神様が待ちきれず、布巾を手に持って土鍋の蓋を豪快にオープンさせました。
パッと広がった湯気の向こうに現れたのは、深い琥珀色の濃厚な味噌スープに溺れる、極太の麺、そして生卵や鶏肉、油揚げ。
「おおおっ! なんという荒々しくも美味そうな佇まいじゃ! いただきます!」
天照大神様が蓋に麺を移し、フーフーと息を吹きかけてから、勢いよく口へと運びます。
コリッ。
「なっ……なんじゃこの麺の驚異的なコシは!? まだ生煮えなのかえ!? ……いや、違う! 噛めば噛むほど、小麦の強い旨味と濃厚な八丁味噌のコクが、口の中で完璧に融合していくのじゃ! 美味ーーーい!!」
その独特な硬い麺の洗練された歯ごたえに、お転婆な主神はまばゆい光を放ちそうなほど瞳を輝かせ、夢中でスープを絡ませてすすり始めます。
「ふふ、これはまこと面白い食感よのう。見た目の濃厚さに反して、ダシの深みが体にじんわりと染み渡るようじゃ……」
イザナミ様もうどんを口へと運びます。半分固まった生卵の黄身を麺に絡めると、「まぁ…まろやかさが加わって、これまた違った極楽の味がするのう」と、潤んだ瞳を細めてうっとりされています。
「つるつる、もぐもぐ……はわぁぁ! 熱いですけれど、このお味噌の甘みと旨味が最高に美味しいですわ! 素戔嗚尊様が仰った通り、お腹がポカポカと温まって、何だか元気が出てきます!」
アリアドネも瞳をきらきらと弾けさせ、ハフハフと美味しそうに頬張っています。次のボリューム満点な亀山グルメに向けて、胃が優しく、かつ完璧に整えられていくのを感じているご様子です。
素戔嗚尊様が「だろ? この硬さが病みつきになるんだよ」と、豪快に平らげていく中、三人の箸も一切止まることはありません。
グツグツと鳴っていた土鍋からはスープの一滴、ネギの一切れすら消え去り、四人の前には綺麗に空になった土鍋だけが並びました。
「はぁぁ、大満足じゃ! 胃に優しいと言いつつ、この力強い満足感……名古屋の民の知恵には恐れ入ったのう!」
天照大神様がぷはぁとお茶をすすり、お腹をさすって幸せそうに笑います。
イザナミ様もアリアドネも、初めて体験する熱々の味噌煮込みうどんの深いコクにすっかり骨抜きにされ、心地よい満腹感の余韻に浸っていました。
名古屋で心地よい一泊を過ごし、すっかり味噌煮込みうどんで胃を整えた一行。
翌日、車はさらに西へと走り、三重県の亀山市へと滑り込みました。
素戔嗚尊様が自信満々に一行を案内したのは、駅近の知る人ぞ知る超有名店。
「みんな、ここが俺の言ってた『今までで一番お勧め』の場所だ。なんとここでは、あの『松阪牛』の最高峰の肉が食えるんだぜ!」
素戔嗚尊様がお店の暖簾をくぐります。
いつもご愛読いただき有難う御座います。
一行はついに松阪牛が待つ亀山へ。
「あのヤバいコシの味噌煮込みうどんで胃袋整えるって、どんだけ鉄っ腹なんだよ」と思った方は【評価(★)、ブックマーク登録】をお願いします。




