第30話
本作は情景や心理描写を丁寧に描いているため、長めの文章構成になっています。
お忙しい方は、会話文「 」、キャラクター名、心の声( )を中心に追っていただくだけでも、テンポよくストーリーをお楽しみいただけます。
至高の鰻に心底大満足した一行は、浜松の夜空にそびえ立つホテルのスイートルームへとチェックインしました。
極上の満腹感とこれまでの旅の疲れ、そしてお酒の心地よい酔いも手伝って、天照大神様とアリアドネは大きなベッドで幸せそうにすやすやと健やかな寝息を立て始めました。
その寝顔を見届け、素戔嗚尊様が静かに自分の部屋へと引き上げようとした、その時です。
上品な間接照明に照らされたリビングのソファから、イザナミ様が美しい手で、ちょいちょいと妖艶に手招きをされました。
寝る前のワインに付き合え、という大母神からの無言の、しかし抗えないお誘いでした。
窓の外に広がる浜松の美しい夜景を映したグラスを傾けながら、イザナミ様が艶やかな瞳を向けます。
「素戔や……ほんに、この現世の酒は美味いのう。うな重も最高じゃったし、妾は今夜、最高に気分が良いぞえ」
イザナミ様は、すでにかなりの量のワインを空にしているようで、艶やかな頬をほんのりと桜色に染め、とろんとした瞳で上機嫌に微笑んでおられます。
「お、お姉様、随分とピッチが早えな。あんまり飲みすぎると明日響くぜ?」
「なんの! これしきの酒で潰れる妾ではないわ! さあ素戔も飲め! 飲むのじゃ!」
すっかり「陽気な酔っ払い」と化した大母神に絡まれ、素戔嗚尊様は苦笑いしながらグラスを合わせます。
しばらくして、ワインボトルがまた一本空になった頃。
「ふふっ……ほんに……日の本は、良いところじゃのう……すやぁ……」
コトン、とグラスを置く音がしたかと思うと、イザナミ様は突然、糸が切れたように船を漕ぎ始めました。
そして、そのまましなやかに横へ倒れ込むと、隣に座っていた素戔嗚尊様の広く逞しい胸の中へと、無防備にコテンと頭を預けてしまったのです。
「お、お姉様?! ちょっ、ここで寝るのかよ……っ!?」
胸元に大母神の柔らかく温かい体がすっぽりと収まり、その圧倒的な大人の魅力と、極上のワインの甘い香りが至近距離で弾けました。
闘神の身体は石のように固まってしまいます。
「すー……すー……素戔は、あったかいのう……むにゃむにゃ……」
完全に出来上がって夢の世界へと旅立ったイザナミ様は、素戔嗚尊様の巨躯を極上の抱き枕か何かと勘違いしているのか、すりすりと顔を擦り寄せ、さらに深くしがみついてきます。
(マジかよ……完全に熟睡してやがる。これ、起こしたりしたら不機嫌になるパターンだろ……)
長年、奇稲田姫様をエスコートしてきた素戔嗚尊様の経験則が、「酔って寝落ちした女性を不用意に動かすべからず」という危険信号を鳴らしました。
(奇稲田……すまねえ。お姉様が俺をクッション代わりにして熟睡しちまってるんだ。……許せ)
愛する妻への言い訳を胸の中でそっと呟き、素戔嗚尊様は覚悟を決めました。
ガチガチに固まっていた巨躯から力を抜くと、これ以上大母神の眠りを妨げないよう、ただ静かに、大きな包容力でその身体を支え続けました。
浜松の美しい夜景が広がるスイートルーム。
天照大神様とアリアドネの寝息に加わるように、ただ単に酔っ払って寝落ちしたイザナミ様の心地よさそうな寝息が静かに響きます。
そして翌朝――
「なっ! ふっ、2人とも何をやっておるのじゃーーー?!!」
朝一番の天照大神様の絶叫が凄まじい破壊力で響き渡りました。
「うわっ!」
その大音量に飛び起きた素戔嗚尊様は、自分がまだソファに腰掛け、イザナミ様を腕に抱いたまま夜を明かしてしまったことに気づき、一気に血の気が引いていきます。
「い、いや! ちがっ…!! 姉貴、これはそうじゃなくて……っ!! お姉様が酔っ払って寝ちまって……っ!!」
「何が違うのじゃーーー!!!」
完全に不義密通の現場を押さえたと確信している天照大神様は、仁王立ちで弟を激しく問い詰めます。
その後ろでは、同じく目を覚ましたアリアドネが、顔を林檎のように真っ赤に染め上げ、両手で顔を覆いながらも、指の隙間から「……っ! ……っ!」と瞳を限界まで見開いて二人を凝視していました。
(よ、妖艶で美しすぎるイザナミお姉様と……逞しくて、どこまでもスマートで紳士的な素戔嗚尊様が……夜中に、二人きりで、そんな、あんなことやこんなことを……!?!?)
アリアドネも頭の中で「大人の魅力」と「禁断のシチュエーション」があらぬ方向へと大爆発し、想像力が限界を突破。
髪を振り乱しながら、顔から湯気が出そうなほど悶々とした自爆妄想の迷宮に迷い込んでしまっています。
「むう…なんじゃ騒々しい……」
そんな大騒ぎの真ん中で、眠い目をこすりながらゆっくりと上体を起こしたのはイザナミ様です。
服を少しはだけさせ、乱れた髪すら妖艶な気品を感じさせる大母神は、寝ぼけ頭で周囲の状況を数秒かけて整理すると――。
「おおっ!」
ぽんと美しく白い手を叩き、あまりにもあっけらかんと微笑みました。
「天照よ、騒ぎ立てるでない。妾が昨夜、少し酒を飲みすぎて気持ち良くなり、素戔を枕代わりにして寝ただけじゃ。素戔の胸はとても寝心地が良かったぞ?」
「……ただの枕代わり、なのかえ?」
「それにそもそも、妾とイザナギも元を正せば兄妹のようなものじゃ。日の本の神代の理からすれば、素戔と妾がどうこうなったとて、別におかしくはなかろうが」
ただ単に酔っ払って寝落ちしただけなのに、現代の人間界の道徳を無視した神話時代の常識を、至極当然のように語り出すイザナミ様。
「ふむ、確かにそれもそうじゃな。妾たちの血筋を考えれば、今更驚くようなことでもないか」
大母神の堂々たる説得力と神代のロジックを前に、天照大神様は「うむ」と腕を組んで、あっさりと納得してしまいました。
「お、お姉様方、納得すんのが早すぎねえか……!? 奇稲田に聞かれたら俺の命がねえんだよ……!」
冷や汗を滝のように流してノックアウト寸前の素戔嗚尊様。
しかし、ギリシャからやってきた純真な王女アリアドネは、日の本の神々のとんでもない常識についていけるはずもありません。
「ふふふ……」
騒ぎが収まったかと思いきや、天照大神様が最高に悪戯っぽく、ニヤリと妖しい笑みを浮かべられました。
いつもご愛読いただき有難う御座います。
イザナミ様との翌朝の誤解から大騒ぎになるも、神々の常識であっさり納得?!
「イザナミ様の超理論とアマテラス様の即落ちコンボ。あれ? 俺らの顔、いま某ハプスブルクの肖像画みたいになってない……?」と思った方は【評価(★)、ブックマーク登録】をお願いします。




