第28話
本作は情景や心理描写を丁寧に描いているため、長めの文章構成になっています。
お忙しい方は、会話文「 」、キャラクター名、心の声( )を中心に追っていただくだけでも、テンポよくストーリーをお楽しみいただけます。
ラーメンが、湯気を美しく立ち上らせながら四人の前に静かに並べられました。
器の中に広がるのは、透き通った至高のスープと、芸術品のように美しく整えられた麺の並び。
日ノ本の麺料理に慣れていないアリアドネのために、店員さんがフォークとレンゲを優しく手渡し、丁寧に食べ方を指南してくれています。
「あ、ありがとうございます……!」と、アリアドネは瞳を丸くしながら、親切な店員さんに健気なお礼を伝えています。
そんな微笑ましい光景を、天照大神様、イザナミ様、そして素戔嗚尊様は目を細めて温かく見守りつつも、目の前の器から漂う、これまで嗅いだこともないほど芳醇で贅沢な香りに、じりじりと胸を焦らされています。
誰もが「早く口に含みたい」とうずうずしているのが、その表情から痛いほど伝わってきました。
袖を少し捲り上げた素戔嗚尊様が、男らしく力強い声で皆を促します。
「さあっ!麺が伸びちまう。いただこうか!」
その合図とともに、三柱と一人の箸とフォークが一斉に動き出しました。
まずは天照大神様が、レンゲで黄金色のスープをすくい、躊躇なく口へと運びます。
「っ……! なんじゃこれは……!?」
その瞬間、まばゆい純白の光が一瞬きらめいたかと思うほどの衝撃が、主神を襲いました。
地鶏や厳選された醤油の、どこまでも深く、雑味のない洗練された旨味が五臓六腑に染み渡ります。
あまりの美味さに言葉を失い、ただただ「むう、むう……!」と唸りながら、夢中で麺をすすり始めました。
イザナミ様も、教わった通りにレンゲにスープを湛え、艶やかな唇をそっと濡らします。
「……おお……ほんに、言葉を失うとはこのことじゃのう……」
黄泉の闇から解き放たれ、本来のみずみずしさを取り戻した大母神の瞳に、じわりと感動の涙が浮かびます。
麺を一口すするたびに、現世の、そして現代の日ノ本の職人が到達した至高の技へのリスペクトが、その妖艶な気品の中に満ち溢れていきます。
そしてアリアドネは、フォークで不器用ながらも一生懸命に麺を巻き取り、フーフーと息を吹きかけてから口に含みました。
「つるつる……、はっ!! おいしい……! おいしいですわーーー!!!
牛丼も凄かったですけれど、このラーメンは、まるで神々の住むオリュンポスのネクタルのように、体中が幸せで満たされていきます……!」
と最高にキュートな笑顔を弾けさせています。
箸が止まらないお姉様方とアリアドネを、素戔嗚尊様は「だろ? 日ノ本一のラーメンは凄げえんだよ」と、自身も豪快にラーメンを平らげていきます。
静謐な店内に、スープをすする音と、彼女たちの小さな感嘆の声だけが響く至福の時間。
やがて、四人の目の前には、スープの一滴すら残さずに綺麗に空にされた、美しい器だけが残されました。
「はぁぁ……大満足、大満足じゃ……! 妾はもう、この器を抱いて寝たいほどじゃ……」
天照大神様が、ぷはぁと大きく息を吐き出しながら、お腹をさすって椅子に深く体を預けます。
イザナミ様も、すっかり心も体も蕩けきった様子で、潤んだ瞳で素戔嗚尊様を見つめています。
「素戔……そなたのエスコートには、もう一言もないぞ。このような奇跡のような美味に出会えるとはのう……」
アリアドネにいたっては、「日ノ本のらぁめん、一生忘れませんわ……」と、湯上がりのコーヒー牛乳とビール、そしてラーメンの完璧なコンボに完全にノックアウトされ、幸せそうな顔のまま机に突っ伏しています。
「ふふふ…まだまだこれからだぜ?」
素戔嗚尊様が不敵に笑います。
「そうじゃのう。明日は伊東で新鮮な魚とあったが、なんじゃ?」
「姉貴、それは行ってのお楽しみだ!」
「なんじゃー?! 気になるー!教えよ!」
天照大神様がじれったそうに声を上げ、車内は次の日の食事への大きな期待で包まれます。
その賑やかな余韻に浸りながら、一行は湯河原の宿へ到着。極上の温泉と至高のラーメンに満たされた体で、それぞれ心地よい眠りにつきました。
そして、翌日。
宿で軽い朝食を済ませた一行は、再び車に乗り込み、伊豆半島の東岸を南下して伊東の町へとやってきました。
潮風が心地よく吹き抜ける伊東の町並みを、楽しく散策しているうちに、時計の針はちょうどお昼時を指し示します。
「ついたぜ。あそこだ」
素戔嗚尊様が指さした先には、平日だというのに目を疑うほどの長蛇の列ができているお店がありました。
「おおっ! まこと凄い並びじゃな! 平日の昼間から民がこれほど群がるとは……!」
天照大神様が目を輝かせ、早くも行列の最後尾を睨みつけています。
「またしても素戔嗚尊様のお薦めの、地元の美味しいお魚がいただけるのですね!」
アリアドネも、髪を揺らしながら、瞳をきらきらと輝かせています。
「ふふっ、この並びを見ただけで、まことそそるものがあるのう……」
イザナミ様も、現世の活気ある行列の風景を愛おしそうに見つめています。
行列をじっくりと待ち、ついに案内された店内は、活気溢れる和食処の趣に満ちています。
素戔嗚尊様が四人分の注文を通しました。
「お待たせしました、ソウダガツオ定食です」と、目の前に運ばれてきたのは、平たく盛られた謎の赤身魚のたたき。
「ソウダガツオ……? 素戔嗚尊様、これは一体どのようなお魚なのですか?」と、アリアドネが問いかけます。
「これはソウダガツオのことさ。とんでもなく足が速いから、生で食えるのはここの漁師くらいなもんなんだぜ。」
素戔嗚尊様が指南する通り、まずは天照大神様が青唐辛子醤油を少しつけて、ソウダガツオのたたきをパクリと口に運びました。
「っ……! う、美味いーーーっ!! なんだこの濃厚な旨味は!? それにこの青唐辛子の爽やかな辛さが、魚の脂と完璧に絡み合って止まらぬのじゃ!!」
天照大神様が光を放ちそうなほど瞳を輝かせ、驚天動地の美味さに大興奮されます。
「ふふ、では妾も……」と、イザナミ様は次の食べ方に挑戦します。
ソウダガツオと青唐辛子を醤油皿でよくかき混ぜ、ほかほかの大盛りご飯の上に豪快にドーンと載せました。
「……おおっ……! 醤油と合わさって10秒ほど置くと、脂がねっとりと溶けて、お米の甘みと恐ろしいほど調和しておる。これは……いくらでもご飯が進んでしまうのう!」
服を揺らしながら、妖艶な気品で、しかし獰猛なほどにスプーンを動かすイザナミ様。
「わたくしも、わたくしもやりますわ!」と、アリアドネもご飯の上に載せてパクリ。
「んんん〜〜っ! このピリッとした辛さと、お魚のねっとり感が最高に美味しいですわ! ギリシャの海にも負けない生命の味がします!」と、瞳を蕩けさせて大感激。
「おっと、お姉様方、まだお楽しみはこれからだぜ?」と、素戔嗚尊様が店員さんに声をかけます。
「すまねえ、ダシ汁をくれ!」
最後に残したソウダガツオ飯に、熱々で芳醇なダシ汁が注がれます。
サラサラとお茶漬けのように口に掻き込むと、熱でレア状に固まったソウダガツオから爆発的なダシの旨味が溢れ出しました。
「ぷはぁーーー!! 完璧じゃ! 完璧すぎるのじゃ素戔! ひとつの定食で3度もこれほどの感動があるとは、日ノ本の漁師めし、恐るべしじゃな!」
天照大神様が最後の一粒、スープの一滴まで綺麗に平らげ、大満足の声を響かせます。
イザナミ様も、アリアドネも、3段階の味の変化にすっかり満足し、空になったお茶碗を幸せそうに見つめながら、深いため息をついて大満足の余韻に浸っていました。
いつもご愛読いただき有難う御座います。
とうとう日の本のラーメンの沼にハマってしまった一行。次の日もソウダガツオというもはやB級ではないご当地の至宝に触れてしまいました。
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