第27話
本作は情景や心理描写を丁寧に描いているため、長めの文章構成になっています。
お忙しい方は、会話文「 」、キャラクター名、心の声( )を中心に追っていただくだけでも、テンポよくストーリーをお楽しみいただけます。
「はあっ!大満足じゃ!刺身も美味そうであったが素戔が勧めるだけはあったのう!」
天照大神様がふぅと満足げなため息をつきながら、漁港の食堂をあとにします。
後部座席では天照大神様、イザナミ様、そしてアリアドネの三人が、
「あのアジフライのフワフワ感が……」
「エビがぷりぷりで……」
ときゃっきゃと嬉しそうに揚げ物の美味しさを語り合っています。
そんな賑やかな声をバックミラー越しに聞きながら、素戔嗚尊様がハンドルを握り車を走らせました。
「じゃ腹も膨れたとこで、晩飯は湯河原だし、待っている間温泉でも行こうか」
車内の空気が一変します。
「なぬっ?温泉じゃと?!」
その提案に、誰よりも激しく、最も身を乗り出して食いついたのはイザナミ様でした。
妖艶な大人の気品を持つ大母神が大きな瞳を少女のようにキラキラと輝かせ、助手席の後ろから運転席の素戔嗚尊様の肩をぐわんぐわんと激しくゆすっています。
「お姉様! 揺らすと危ねぇって!」
と、さすがの素戔嗚尊様も、大母神の予想以上の揺さぶりに一瞬焦りを見せます。
それもそのはず、黄泉の国で永きにわたり孤独な闇にいた頃から、温泉(湯治)だけは彼女の傷ついた心と体を癒やす唯一の拠り所だったのです。
それが、現世の、しかも日の本が誇る至高の洗練された温泉サービスを受けられるとなれば、期待せずにはいられないご様子です。
「おんせん……? わたくしの国にあった『テルマエ』のようなものでしょうか……?」
アリアドネも、イザナミ様の興奮ぶりに興味津々で瞳を丸くしています。
イザナミ様の期待が最高潮に達する中、一行は湯河原の名湯を目指して進路を取ります。
湯河原の奥座敷、静寂に包まれた高級旅館へと到着しました。
お目当ては、極上の温泉。
ここの懐石料理は至高と言われており、天照大神様はその見事な佇まいに「ここで飯を食わぬのか……?」と激しく後ろ髪を引かれているご様子です。
しかし、今回の旅の目的はあくまでもB級グルメ。ぐっと物欲しそうな視線を堪えてます。
一方、念願の温泉へと浸かったイザナミ様は、現世の洗練された名湯を心ゆくまで堪能され、すっかり瑞々しさと美しさに磨きがかかっています。
一足先に湯から上がった素戔嗚尊様が、高級スーツの襟を少し緩め、湯上がりの火照った体に染み渡るコーヒー牛乳をぐびぐびと飲んでいると――。
「あー!素戔!なんじゃそれは?!当然妾達の分もあるのじゃろうなあ?!」
暖簾から飛び出してきた天照大神様が、すかさずそれを見つけて声を上げました。
「へいへい。ほらっキンキンに冷えたのがあるよ!」
素戔嗚尊様は冷え冷えの瓶入りコーヒー牛乳を、女神たちに手渡していきます。
「日ノ本のテルマエ、最高ですわ……!!」
アリアドネも極上の湯にすっかり骨抜きにされて蕩けたような笑顔を浮かべています。
湯上がりの極上ドリンク、コーヒー牛乳を手に取った絶世の美女たちでした。
「ううっ…素戔や…ほんに…懐石を食べないのかえ?」
高級旅館の見事な佇まいを前に、天照大神様が未練たっぷりに、うるうるした瞳で素戔嗚尊様に訴えかけます。
「姉貴ー…B級グルメ旅だろう?まあ京都に行ったら懐石料理の店行くからそれまでは我慢しろよ!それにこれから行くところは日ノ本一と評判のラーメン屋だぜ?」
「なぬっ!まさか…あの湯河原の日の本一との噂が名高いラーメン屋さんかえ?!」
素戔嗚尊様が宥めるように告げたその一言に、天照大神様がガタッと身を乗り出しました。
「そなたのメモにラーメンとしか書いてなかったからまあ良いと流しておったが…流石素戔じゃ!それなら話は別じゃ!さあ参ろう!」
極上の懐石料理に後ろ髪を引かれていたはずの天照大神様でしたが、その名前を聞いた瞬間に態度が180度激変。
湯上がりのコーヒー牛乳をグッと飲み干し、早くも行く気満々でお転婆な声を響かせます。
ラーメン…ですか?
ラーメン…とな?
その横で、イザナミ様とアリアドネは、初めて耳にする「ラーメン」という未知の単語に首を傾げ、想像力を膨らませています。
「ふふっ日ノ本のラーメンはあの牛丼をまさるとも劣らないする美味さですぜ!」
なっ…なんじゃと?!
そっそれはほんとうでございますか?!
二人はあの牛丼屋さんで涙を流した「牛丼以上かもしれない美味」という言葉に、大きな瞳をこれ以上ないほどキラキラと輝かせました。
「あの牛丼を凌駕するとは……現世の民の知恵、恐るべしじゃな。素戔、早く案内せぬか!」
「わたくし、ラーメンというもの、絶対に食べてみたいですわ……!」
湯上がりの火照りもそのままに、期待を最高潮に膨らませた一行は、再び車へと乗り込み、日ノ本一と名高い名店へと向けてゆっくりと走り出します。
「ぷはぁ!ラーメンの前にはこの缶ビールが最高なのじゃ!」
ラーメン屋さんの近くにあるコンビニで買い込んだ缶ビールをプシッと開け、天照大神様が湯上がりの喉に最高の黄金の液体を流し込みます。
その豪快な飲みっぷりは、神々の主神としての圧倒的な天真爛漫さに満ちています。
「ほんに美味いのう…日ノ本の民はまこと幸せじゃ」
イザナミ様もキンキンに冷えた缶ビールを艶やかに傾けます。
黄泉の国の闇では決して味わえなかった現世の洗練された喉越しに、心からの幸せを噛み締めているご様子です。
「わっ、わたくし…ギリシャへ帰りたくありませんわーーー!!!ずっとお姉様達とビールに囲まれていたいですぅー!」
湯上がりとビールの心地よい酔いも手伝って、アリアドネは瞳を少し潤ませて全力で甘えています。
テセウスの裏切りの傷跡などどこへやら、最高にキュートな妹分として完全にこの旅に蕩けてしまっています。
「そうかえ!ではずっとここにおるが良い!よしよし」
天照大神様が嬉しそうにアリアドネの頭を優しく撫で回し、かしましい姉妹の絆がさらに深まっていきます。
「素戔よ。悪いのう。そなた運転せねばならぬからのう」
缶ビールを片手に、イザナミ様が運転席の弟を気遣います。
「なーに、お姉様方が喜んでくれりゃ本望ってもんですぜ。それよりそろそろ時間だぜ。参りましょう」
目の前で絶世の美女三人がきゃっきゃとビールを楽しんでいる姿を眩しそうに見つめながら、腕時計をチラリと確認して立ち上がります。
ついに、日本最高峰との呼び声も高い、聖地の暖簾をくぐる時刻がやってきました。
牛丼を凌駕すると豪語されたラーメン。
いよいよ四人の前に現れようとしています。
いつもご愛読いただき有難う御座います。
湯河原の名湯で癒やされ「牛丼を凌駕する」と噂される日本最高峰のラーメン店へ。
「湯上がりのコーヒー牛乳は至高」、「湯河原といえばあのラーメン」と思った方は【評価(★)、ブックマーク登録】をお願いします。




